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第16話

朝は少し涼しくて、乾ききっていない身体を震わせた。 ボーッとしたまま通勤ラッシュの電車に揺られて、アパートまでの慣れた道を歩き帰宅した。 なにも考えたくはない。 それでも人間だから嫌でも色々考える。 無心になれる程できた人間でもない。 部屋に着くと着の身着のままベッドに潜り込んだ。 寒い… どこがどう寒いのか分からない。 冷えきった感覚をそのままに寝落ちした。 ーーーーー 身体の熱さと息苦しで目が覚めた。 日射しで明るかった筈の部屋は薄暗い。 夜だという事は分かる。 時間を確認しようとしたが、ベッドサイドの小さい目覚まし時計の数字や針はぼやけて見えない。 手を伸ばそうにもあまりの倦怠感にその気すら失せた。 怠い… 頭がグラグラして気持ち悪い… ベッドから立ち上がろうとしたが上手く立てなかった。 仕方なく這うようにして冷蔵庫を開けて水の入ったペットボトルを手にした。 驚く程冷たく感じる。 身体に上手く力が入らず、キャップを開けるのに苦労した。 「…最悪……」 盛大にため息を吐いて、あまりの情けなさに苦笑した。 水で乾いた喉を潤そうとしたが、上手く入っていかず、ちょびちょび飲んだ。 俺は、何年かぶりに高熱を出した。 ベッドに戻ったが寝つけない。 新聞配達のバイクの音がする。 日が昇り始めたのか、部屋が明るくなってくる。 散歩の犬が吠える声が聞こえる。 ガキが騒ぐ声が聞こえる。 それだけ時間が経過しても身体はダルいままだ。 だいぶ汗をかいたらしく、身体がベトベトして気持ち悪い。 身体を起こすとキシキシと関節が痛んだ。 洗濯物の山の中から適当に部屋着を拾い上げてゆっくり着替える。 汗を拭きたいところだが、そこまでの余力はなかった。 颯斗にはメールをしておいた。 大学が終わったら即行で飛んで来る様子が目に浮かんで笑えてくる。 バイト先にも休む旨を伝えた。 やるべき事をやりきると、睡魔に襲われた。 ーーーーー 昼過ぎ、俺が目を覚ました頃、心配した颯斗が見舞いに来た。 「一応ポカリと冷えピタと解熱鎮痛剤な。」 「マジ助かる…つか、死にそ…」 「風邪くらいで死ぬなよ。お粥作って帰るからちゃんと食えよ。」 「ん…」 医者は好きじゃない。 好きじゃないというか、大嫌いだ。 極力行きたくないけど、解熱鎮痛剤が効かなかったら医者行きも考えないといけないと思ったら憂鬱な気分になった。 「寝れないなら絵本代わりに俺と壱矢さんのラブラブ話でも聞かせてやろうか?」 「死ね…」 「ひっでぇ~。」 髪を乾かせば良かった…と後悔しても遅い。 昨日の事を考え出したらきりがない。 八神のあの顔が消えない。 目を閉じても、熱に魘されても、焼き付いて離れない。 「…颯斗、薬飲む…」 「ん、今持ってくから待ってな。」 颯斗が冷蔵庫を開く気配がする。 苦しくて目を開く気にもなれない。 頬に冷たいものがあたって、ビクッと身体が跳ねて目を開いた。 冷たいのは一瞬で、直ぐに熱を取り戻した。 「さんきゅ…」 水を受け取って、ゆっくり身体を起こした。 フィルムをプチプチ破って薬を出して、口内にそれを放り込んで水で押し流す。 薬を飲むのは苦手だ。 喉の奥に引っかかっている気がして、更に水を飲んで流し込んだ。 「シュートさ、相変わらず下手だな、薬飲むの。」 「…黙れ。」 「…冷えピタ新しいのにするか?」 颯斗がビリビリと袋を破り、シートを剥がすと新しいものと張り替えてくれた。 「冷たッ…」 「大袈裟だなぁ、シュートくんは。ほらほら、もう寝とけよ。」 「あぁ…」 「鍵、ポストに落として帰るな?」 「あぁ…」 「あのさ、シュート…大丈夫か?…」 「大丈夫じゃ…ない…」 「そっか…。じゃぁもう寝なさい!仕方ないから、寝るまでこの颯斗くんが着いててやる!!」 颯斗に押されてベッドに沈むとそのまま意識が薄れていった。

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