105 / 270

第22話

なんとか逃れようと暴れた。 力は思っていた以上に強く、どんなに離れようとしてもビクともしなかった。 いつもなら振り切れた筈だ。 身長も体格もそう変わらない。 体調が万全だったら… 「離せッ!」 力が更に強くなってキリキリと指が肌にくい込んだ。 麻倉を見上げて睨んだが、視線が合わないままだ。 鋭い視線で一点を見ていた。 気になってそれを見ようとすると、麻倉の手が俺の顎をクイッと持ち上げた。 徐々に視界が暗くなって、唇が重なっていた。 「痛ッ……」 ガリッという音と同時に口に鉄の味を感じた。 口元を覆いながら麻倉が俺から離れた。 俺は、麻倉を拒絶した。 でも、分からない… 八神とはもう数えきれないくらいキスをしている。 でも、今みたいに拒んだ事は一度もなかった。 なぜか受け入れていた。 麻倉は拒んだのに、八神は受け入れた?… なぜだ… 分からない… 気になっていた麻倉の視線の先を見たが、そこにはただ歩道が続くだけだった。 「…お前、冗談キツい…」 「冗談?クロはまだそんな事言ってるの?」 麻倉が切れた唇に触れながら言った。 結構深く噛んだらしい。 血が滲んでるのが見えた。 「なんで…こんな事をした…」 俺は酷いヤツだ。 知ってるクセに… 気づいていたクセに… 麻倉は俺の事が… 「聞くだけ聞いて、どうせ言わせない気なんだろ?…クロに嫌われたくないから遠回しに言うけど、俺はクロを友だちだと思った事なんて一度もないから。」 「…ッ…」 そんな風に言われるのは、正直しんどい… 細く浅い付き合い…それを選んだのは俺だ。 なのに友だちじゃないと言われて傷つくのは間違っている。 「…悪い。お前は俺を友だちとは思ってないかもしれないけど、俺にとってお前は友だちで、それ以上でも以下でもない。」 「…そっか、分かった。」 それ以上の言葉はかけなかった。 麻倉は来た道を帰っていった。 俺は、その背中をただ見つめる事しかできなかった。 小さくため息を吐いた後、俺は麻倉とは逆の方へ歩き始めた。 足取りは鉛でも背負ってるんじゃないかと思うくらい重い。 なにも考えたくない。 それでも習慣というやつは怖いものだ。 酒飲みが記憶はないけど起きたら家に帰って寝ていたというのとはまた別の話だが、いつも通りコンビニで飯まで買って、気づいたらアパートの部屋に居た。

ともだちにシェアしよう!