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第23話
一番気持ちが安らぐ筈の家に居るのに、どこか落ち着かない。
ここ数日の落ち着かない原因…
俺の生活から欠けたもの…
それは、毎晩欠かさずかかってきていた八神からの電話だ。
忙しい時は翌朝かかってくる事もあった。
俺は鬱陶しいと思っていた筈だ。
いや、正直そう思っていたのは最初だけだ。
かなり悔しいが、連絡がない日はなにかあったんじゃないかと心配するくらい当たり前のものになっている。
これがどういう事なのかは分かる。
でも、簡単に認めたくはない。
「ふざけるな…」
そう言った時には、足が勝手に動いていた。
テレビも電気もそのままで、携帯も持たないまま近くにあった財布と鍵だけを持って部屋を出た。
ただひたすら駅までの道を走った。
息を切らしたまま、電車に飛び乗って、降りてからは無我夢中で走って走って走って…
こんなに走ったのは何時ぶりだってくらいには走った。
「…はぁ、は…ぁ…ッ…」
膝に両手を乗せて、乱れた呼吸を整えた。
止まった瞬間から汗が噴き出して、それがポタポタとアスファルトを濡らした。
俺が立っている場所は、八神のマンションの前だった。
バカデカくて、全貌を見ようとしたら首がもげそうになるくらい高いマンション…
それは俺と八神の差にも感じられる。
年齢とか、身分とか…
いつまで経っても子どもじみた考え方しかできない逃げてばかりの俺と、きちんと先を見据えて会社とか立場とか背負うものをきちんと背負って生きている八神…
その差はあまりに大きい。
息苦しさに植え込みを囲うコンクリートブロックに凭れてしゃがみ込んだ。
八神がココに帰ってくる保証はない。
もしかしたらあの男と居るのかもしれない。
「…帰ってこいよ…俺が待っててやってんだ…クソ野郎…」
そうだ、この俺が待っててやっているんだ。
帰ってきてもらわないと困る。
こんなとこまで走ってきたんだ、ちゃんと労ってもらわないと割りに合わない。
散々甘やかしておいて…
耳に染み付いて離れなくなる程しつこく甘い声で囁いておいて…
本当にズルいヤツだ。
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