111 / 270
第28話
その後はすぐに寝落ちて、まだ完治していない俺の唇を散々貪ったバカ八神は、翌朝ダウンした。
おかげさまで俺はすっかりピンピンだ。
「総一郎、貴方という人は!!馬鹿なのですか!?」
「…折戸、…あまりガミガミと言わないでおくれよ…」
「ガミガミも言いますよ。出勤して来いとは言いませんが、此方でできる仕事は私の監視の下でしっかりとやっていただきますますので、あしからず。」
医者に行けと言ったら、八神がそれを拒否して折戸さんを呼べと言った。
俺の連絡を受けた折戸さんが朝イチでやってきた。
ピンポンも鳴らさずに、鍵のかかった部屋に入ってきたから、多分折戸さんは合鍵を持っているんだと思う。
今、八神は寝室で折戸さんに説教を受けている。
折戸さんの怒った様子の声がリビングまで聞こえてきた。
「大体、啓一郎 君はどうするつもりですか?今日、空港まで送ると言っていましたよね?」
「あぁ、そうだったね。…折戸、悪いのだけれど、俺の代わりに送ってあげてほしいのだけれど…」
「まったく…」
「ごめんね、折戸…」
「貴方に迷惑をかけられるのはいい加減慣れました…といつも言っているでしょう?」
暫くして、リビングのソファーに座る俺の方に折戸さんが歩いてきた。
「黒木くん、今日はなにか用事がありますか?」
「午後からバイトがあるくらいですけど。」
「頼まれた用事を済ませてお昼までには戻りますので、総一郎を任せてもいいですか?」
「午前中は予定がないから大丈夫です。」
「それは良かった。では、よろしくお願いしますね。」
折戸さんはそう言ってどこかへ出て行ってしまった。
リビングは、たまに冷蔵庫が唸るくらいで凄く静かだ。
長めの廊下を通って寝室に行くと、八神はベッドボードに凭れてパソコンを弄っていた。
仕事の時の八神はメガネかけているらしくて、凄く新鮮だ。
存在しているだけで絵になるとか、同じ男としてはかなり複雑だ。
「…蹴人?」
「あぁ、悪い。邪魔したな。」
「よいよ、こちらへおいで。」
俺は、八神のおいでに弱い。
いちいち八神の声が甘いのが悪い…
素直にベッドの端に座った。
折戸さんが言ってた"啓一郎"ってヤツの事が気になる。
いや、俺はずっと気になっていた。
その気持ちが怖くて見つけないようにしていたが、結局見つけてしまった。
「…行かなくて良かったのか、見送り。」
「見送り?…あぁ、それは啓の事かな。」
八神はあっさり男の名前を口にした。
「…誰だ。」
何故か自然と不機嫌になった。
こんな感覚は初めてだ。
「弟だよ。」
「…弟?」
「日本の大学を受けたいらしくてね、ロシアからこちらに来ていたのだよ。」
「弟…。お前、高校生の弟が居るのか?」
「ふふ、一回り以上も年齢が違うと、弟というよりは息子という感覚かな。少し複雑な関係なのだけれどね。母親は違うけれど、とても可愛らしい弟だよ。あ、写真を見るかい?」
少し鼻声の八神がそう言った。
ともだちにシェアしよう!