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第31話
電車に乗って八神のマンションに向かった。
マンションの前まで来て、改めてこのマンションのバカデカさを感じた。
部屋番号を押すと折戸さんが出て、自動ドアのセキュリティロックを解除してくれた。
エレベーターで八神の部屋まで向かって、インターフォンを押すと暫くして扉が開いた。
「お帰りなさい、黒木君。」
「あ…はぁ…」
"お帰りなさい"なんて言われたのは久しぶりで反応に困る。
「いつまでも立ったいないで中に入ったらどうですか?」
「あぁ、そうですね…」
この部屋で折戸さんに迎え入れられるなんて、不思議な感覚だ。
「貴方が来ると分かっていたら何か用意しておいたのですが…」
申し訳なさげに言う折戸さんを、スリッパに履き替えて追った。
「折戸さん、八神の具合はどうですか?」
「心配ですか?」
「…まぁ、一応は…」
「一応、ですか。安心してください。主治医に薬を処方してもらったので、だいぶ楽になってきたとは思いますよ。」
「…そうですか。」
「多分、疲れが出たのでしょうね。最近は多忙だったので。」
「…」
「しかし、驚いたんじゃないですか?総一郎は昔から風邪といえば胃腸を壊すタイプなので。想像できませんよね、あの顔でトイレに籠ってゲーゲーピーピーしているだなんて。」
「ゲーゲーピーピーって…」
俺は八神が…というより折戸さんの方に驚いている。
わりと毒舌だ。
折戸さんとはあまり話した事がない。
二人きりで話すのはほぼ初めてだ。
俺はいつものようにソファーに座った。
「黒木君、何か飲みますか?」
「あ…じゃぁ、水をください。」
「水でいいんですか?颯斗君は決まってオレンジジュースか炭酸飲料ですよ。」
「アイツの…颯斗の味覚はお子様ですから…」
「確かに。」
折戸さんがクスクス笑いながら冷蔵庫を開けた。
きっと折戸さんはこの部屋を知り尽くしている。
それに、八神の事も…
だからしんどい時に八神が指名したのは折戸さんだったんだと思う。
「今持って行きますね。」
「あ、すいません…」
「まったく…可愛げないですね。」
「…」
「颯斗君や総一郎にするように、私にももっと砕けた感じで接してください。淋しいではありませんか。」
正直なところ、折戸さんは少し苦手だ。
人物像が全く見えてこない。
だから接し方が分からない。
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