130 / 270

第7話

何かに揺すられて目が覚めた。 「総兄さま?朝だよ、起きて。」 その声は蹴人のものではない。 俺を揺すったのは啓だ。 これが蹴人だったならば…と、夢のような事を思いながらシャワーを浴びて、身支度を整えた。 朝食はルームサービスを頼んだ。 サンドウィッチにコーンスープ、オレンジジュースにホットコーヒー… 啓は、フォークとナイフを使って上品に口に運んだ。 気持ち良い程に豪快に出された食べ物を口に運ぶ蹴人が恋しい… こんなにも恋しいだなんて… 「今日、見に行きたい大学があるんだけどね、総兄さまも行ってくれるよね?」 「俺は仕事だから無理だよ。」 「えー、僕に一人で行けって言うの?」 「駅までは送ってあげるよ。それに、今後こちらで暮らすのならば一人で行動出来るようにならなければいけないよ?」 「僕にはアルが居るもん。アルは僕をひとりぼっちになんてしないもん。」 目の前で啓が膨れている。 アルというのは、啓の身の回りの世話をしてくれているアルベルト君の事だ。 その後も啓の我儘は続いたが、なんとか納得をさせた。 折戸に電話をし、啓を駅まで連れて行ってから出社するという旨を伝えると、折戸は渋々ながらも了承した。 早々に朝食を終えて車で駅に向かい、啓を駅前で降ろす為に道路端に車を停めた。 「総兄さま、僕、電車に乗った事ないからホームまで来てよ。」 「いい年齢なのだから、分からなければ聞きながら行きなさい。」 「ヤダヤダ、来てくれなきゃヤダ!」 こうなっては、啓は頑として動こうとはしない。 「…分かったよ。今日だけだからね。」 俺は溜息混じりに言うと、仕方なくパーキングに車を止めて、啓を連れて駅へと向かった。 啓に切符を買い与え、俺は駅員に事情を説明して中へと入れてもらった。 ホームに着くと、啓は人目も憚らず俺の腕にしがみついた。 「啓、そういった行為を大きな子がするのは恥ずかしい事だよ。気をつけなさい。」 「えー、いいじゃない。なんでルールに縛られないといけないの。」 「いつまでも子どものような事を言っていないで。そのような事ではこちらでの生活は難しいよ。」 「総兄さまの意地悪っ!」 啓はすっかりヘソを曲げてしまった。 頭を撫でて機嫌を取ると、啓はすっかりご機嫌な様子で俺の手に身を委ねた。

ともだちにシェアしよう!