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第11話

俺は車を走らせ、カフェの前に車を停めた。 暫く待っていると蹴人の姿を見つけた。 車から降りて、蹴人がこちらに来るのを待った。 「やぁ蹴人、お疲れ様。」 「…八神。」 蹴人を見れば一目瞭然である。 俺には会いたくなかったのだろう。 分かっていて会いに来てしまったのだから、責めるべきは蹴人ではない。 「とりあえず乗って、蹴人。」 「は?急になに言って…」 「急でなければ、君は会ってくれたのかい?」 「…ッ。」 「…多少強引でなければ、会ってはもらえないと思ったのでね。」 俺は強引だ。 約束もなく勝手にやってきて、勝手に部屋に連れて行こうとしているのだから。 俺はお構いなしに蹴人の手首を掴んで強引に助手席に押し込んだ。 車に乗せると蹴人は諦めたように大人しくシートベルトを締めた。 俺も運転席に回り、車を走らせた。 この状態で自宅まで走れるのだろうかと若干の不安はあったものの、ホテルの部屋には啓が居る為、自宅を目指す他なかった。 マンションの駐車場まで辿り着いて、ホッと肩を撫で下ろした。 ホッとした半面、万が一の事があったとしても蹴人とならば…と思ってしまう自分に驚く。 こんなに悍ましい事を考えてしまう程に俺が思っている事など蹴人は気づきもしないのだろうけれど… 「…蹴人。」 「…あぁ。」 薄暗い地下に無音の車内… 声だけがとても大きく感じられた。 蹴人は足早に車から降りて行ってしまった。 車にロックをかけ、蹴人の後を追いながら、漏れたのは深い溜息だ。 「…いつも以上に、不機嫌なのだね。」 「…」 あからさまな態度… 俺らしくもない。 エレベーターホールでの時間が長く感じられる。 俺達の間の距離… 心の距離とも感じられる。 音を立てエレベーターが到着を告げた。 エレベーターに乗り込むも距離は変わらない。 蹴人が拒んでいるせいなのか、俺自身が近づく事を拒んでいるのか、どちらなのかは分からない。 無言のままエレベーターを降り、鍵を開け、部屋に入った。 後ろから蹴人の少し遠慮がちな足音が聞こえる。 「…蹴人。」 蹴人の背中を後ろから抱き寄せた。 そうしなければ、蹴人がどこかへ行ってしまうような気がした。 いつものように、蹴人の首筋に唇をあてて軽く吸った。 またフワフワと浮いている感覚に襲われた。 クラクラする… 蹴人の首筋からいい香りがして、眠気を誘った。 眠れないと思っていたのに… フワフワして… クラクラして… とても心地よくて、安心する… 気分の悪い感覚ではない。 むしろ、心地よい… 「お前は、ズルい…」 「ふふ、そうだね…」 蹴人に体重を預けた。 やはり蹴人は男性だ。 背中はとても頼もしい… 「おい…」 「…蹴人、申し訳ないのだけれど、このまま運んでもらえるかい?…」 「は?」 「ベッドまで…」 口元から漏れたのは強請るような言葉だ。 「…甘ったれるな。」 自然と甘えたような声色になる俺を、なんだかんだとズルズルと引きずって寝室まで連れて行ってくれたと思うと、蹴人は少し乱暴にベッドに下ろした。 弾みでベッドがキシッと音を立てて軋んだ。 隣に来る様に空いているスペースを軽く叩いて促した。 「………蹴人、おいで…」 俺のその言葉に、蹴人は珍しく素直に従った。 「お前、顔ショボい…」 俺の顔を見て蹴人が笑った。 たったそれだけの事が嬉しかった。 俺に笑った顔を見せてくれた事が堪らなく、嬉しかった。

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