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第17話
啓に目を向けると涙をいっぱい溜めて瞳を潤ませていた。
啓に泣かれるのは困る。
なぜならば、俺は啓の泣き顔に弱いからだ。
「…総兄さまが…」
しゃくり上げる啓を抱き寄せてあやした。
結局、最後はこうなってしまうのだから、最初からこうしてあげればいいのだけれど、今更ながらこれがおかしい事だという事を教える事も大切だと思う。
ここまで素直に感情を出せる啓が、とても羨ましく感じた。
俺も素直にしていたら、あの人に可愛がられていたのだろうか。
正直、なんで俺が会社で今のポジションに収まっているのかも不思議で仕方がない。
会社が傾いていたから可愛げのない俺になすりつけたのだろうか…
そもそも本当に傾いていたのだろうか…
あの人が会社を傾けるような無茶をするだろうか…
ずっと疑問に感じていた。
実際、それを示す資料も手元にあるし、折戸がそう言うのだから間違いはないのだと信じたい。
もしもそれらが偽りだったとするならば、一体何の為だろうか…
しかし、今の俺のこのポジションも啓が成長すれば啓に譲り渡す事になるのだと思う。
俺はその日が来るまでの繋ぎにすぎないのだから…
例えそうであったとしても、俺は構わない。
これは俺の器ではないと常に感じているからだ。
そして、あの人もその事に気付いているに違いない。
あの人に関してそういう考え方しかできない俺は本当に可愛げのない息子だと思う。
そんな事を思って啓の頭を撫でていると啓が顔を上げた。
とても嫌な予感がした。
啓が顔を上げるとその予感は的中していた。
「…えーと…啓、とりあえず鼻をかもうか?」
俺のスーツに顔を押し当てて泣いていたせいか、スーツはすっかり啓の涙と鼻水で汚れていた。
啓はといえば、自ら進んで鼻をかむでもなく、むしろ俺が拭いてあげるのを待っているといった様子だ。
アルベルトくんもとても厳しいように見えて、啓を甘やかしているのだろう。
つまりは、あちらでは啓に厳しく接する人間が居ないという事だ。
せめて啓がこちらに居る間だけでも、少し躾ける必要がありそうだと感じた。
「総兄さま、ちーんして?」
思わず溜息をついてしまった。
自分の弟のあまりの幼さと、それを可愛らしいと思ってしまう自分に対してだ。
俺にはどうしても啓に厳しく接する事はできない。
そもそも、そのような事を一度も考えた事などなかった。
しかし、今俺には啓以上に甘やかしたい存在が居る。
啓を甘やかす時間があるのならば、彼を目一杯甘やかしたいというのが本音だ。
啓に厳しくする事も甘やかす事もできないのならば…
そう考えて行き着いた先は折戸だった。
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