144 / 270
第21話
車は、動いたとしてもとても緩やかで、折戸の声は穏やかで、俺は不規則に襲ってくる眠気と戦い続けた。
「ここ最近の貴方は酷い顔でいて、尚且つ余裕がなさすぎますよ、総一郎。」
「仕事中に名前で呼ばれるのは久しぶりだね。」
「そうかもしれませんね。深い意味はありませんが、今は友人として貴方と話をしたかったのかもしれません。」
「…折戸、新見くんとはどのようにして出会ったのだい?」
「ふふ、珍しいですね。貴方がそのような事を聞くだなんて…」
「そうだね。俺がこのような事を聞きたくなったのは、君が本気だからだよ。俺の知る限り、本気の君を見たのは初めてだからね。」
「本気…ですか。貴方は知らないでしょうけど、本気で愛したのは颯斗くんが二人目なんですけどね。」
「そうなのかい?」
「えぇ。…颯斗君との出会いは衝撃的でした。血まみれで座り込んでいたのですから。」
「血まみれとは、確かに衝撃的だね。」
「私がその手当てをしたのです。それが颯斗君との出会いでした。」
「…」
折戸は大切な宝物を俺に見せるかのようにゆっくりと穏やかに話し始めた。
「後日、改めてお礼がしたいと言うので、連絡先を交換して会うようになりました。彼とは似ている部分があったので色々な意味でお互いにすぐに打ち解ける事ができました。最初は、貴方と黒木君のようにセフレ関係ではありましたが、いつからでしょうか…惹かれていた…」
「ふふ、セックスフレンドの関係にあったなどとは思えない程仲が良いよね。…羨ましいよ。」
「惹かれているのは分かっていました。…けれど、それを認めるのにとても時間がかかりました。煮え切らない私に、彼は言葉をくれました。それは、長期に渡る私の恋を終わらせるには充分な言葉でした。嬉しく思いました。ずっと言われてみたいと思っていた言葉でしたから。」
「そうだったの。…知らなかったな。君はわりと秘密が多いいよね。」
「必要のない事は口にしないようにしているだけですよ。颯斗君との事も、貴方が聞かなければ言うつもりもなかったですから。」
折戸が新見君の前に思っていた相手の事を俺は知っている。
たった一度だけ、折戸の唇が俺の唇に触れた。
高等学校時代の文化祭の夜の事だ。
経験豊富であろう折戸の唇は酷く震えていた。
俺は未だにあの日の事を後悔している。
疲れていたとはいえ、目を伏せてさえいなければ折戸はあのような事をしなかった。
そして、俺も気づかずにすんだのだから…
それ以降、そのような事は一度もなかった。
もう、心の中に封印した過去の話だ。
このような話をしなければ思い出す事もなかった。
ともだちにシェアしよう!