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第30話

会社に戻った俺は酷いものだった。 「壱矢、総兄さま元気がないよ、大丈夫かな?」 「啓一郎くん、今はそっとしておいてあげてください。」 「でも、総兄さまが…」 「啓一郎君、こちらへ。」 折戸が啓を連れて部屋を出て行った。 俺は、どのようにして社に戻ったのだろうか… 記憶がない。 フラフラと亡霊のように社に戻ったのだとしたら、問題だ。 折戸のお小言はなかった。 つまりは、俺が普段となに変わりなくここまで戻ってきた事になる。 心が乱れていようとも、俺は八神総一郎だ…という事だろうか。 俺はやり場のない怒りを仕事にぶつけるように没頭した。 このような方法は決して仕事とは言えない。 しかし、怒りはどこかしらで放出しなくてはならない。 そうしなくては自分を保てない。 爆発させてしまえば元も子もない。 「総一郎ッ!」 激しく机を叩かれて我に返った。 「…折戸?」 「いい加減にしてください!何度も声をかけましたが届いてはいないようでしたので少々手荒になりました。」 パンパンと折戸が手を払った。 時計を見ると、業務時間はとっくに過ぎていた。 「…あぁ、もうこんな時間になっていたのだね。気がつかずに待たせてしまったようだね。」 俺の言葉に折戸が苦笑した。 「啓一郎君は待ちくたびれて寝てしまいましたよ。申し訳ないので三枝さんには先に帰ってもいただきました。」 「色々と迷惑をかけてしまったね。」 「今に始まった事ではないですから。」 「ふふ、そうだね。…折戸、一つ尋ねるけれど、俺はどのようにして社に戻った?」 「どのように…そうですね、いつもと変わりなく顔にベットリと上手に愛想笑いの厚化粧をして戻られましたよ。」 上手い事を言われたものだ。 「君、それは嫌味かい?」 「えぇ、嫌味です。」 「容赦ないね、君は…」 「それこそ今更ではありませんか。」 「確かに。」 普段と変わらずに接してくれている事が有り難い。 下手に気など遣われてはたまらない。 「…総一郎、今日なのですが…」 「啓の事だね?ここ数日、君の厚意にすっかりと甘えてしまったからね。ありがとう、折戸。」 「いえ…」 「…折戸、君は先に帰ってよいよ。新見君との約束があるのでしょう?」 「よく分かりましたね。」 「分かるよ。」 「では、お先に帰らせていただきます。」 折戸は頭を下げて出て行った。 俺は眼鏡を外してパソコンを閉じた。 折戸を帰してから、ソファーで眠っている啓の肩を軽く揺らした。 「啓、起きて?」 「…ん…アルー…」 啓は目を覚ます様子もなく、寝言でアルベルト君の名前を呼んだ。 いつもこのようにして起してもらうのだろうか。 アルベルト君も大変だ…と思いながら眠ったままの啓を抱き上げて駐車場へ向かった。 小柄とはいえど、久しぶりに抱いた弟の重さに驚いた。 まだまだ子どもなのだと思っていたけれど、あと数年もしたら啓も成人だ。 その成長を身をもって体感した。 啓を後部座席に寝かせると、車をホテルへと走らせた。

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