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第32話

運転をする事は割と好きだ。 運転中は集中する為余計な事を考えずにすむ。 数分程車を走らせるとマンションが見えてきた。 マンションの入り口に人影が見えた。 近づくにつれて鼓動が早くなっていく。 俺は絶対に見間違えない… 俺が蹴人を見間違える筈がない… なにを間違っても、蹴人だけは… 色々な感情が頭を巡った。 蹴人から会いに来てくれるなんて… 俺は、自惚れてしまっても良いのだろうか。 俺は小刻みに3回程クラクションを鳴らした。 こちらに気づき、ガラス越しに目が合った途端に凄く困ったような、なんとも言えない表情をしていた。 すぐにでも抱きしめたかったけれど、夜とはいえ、流石にマンションの駐車場の入り口に堂々と車を止めるわけにもいかずに窓を開けた。 「蹴人、車を置いてからすぐに行くから待っていて。」 そのように伝え、窓を閉めて駐車場に入った。 定位置につけると、車から降りてエレベーターが来るのを待った。 些細な時間すらも惜しい。 早く会いたい… 早く触れたい… 一刻も早く… エレベーターを降り外へ出るとすぐに蹴人を見つけた。 「蹴人。」 しゃがんで小さく丸まっている蹴人にゆっくり近づき、蹴人と同じ目線の高さにしゃがんだ。 「まったく君は…」 返答はない。 丸まっている為、表情が見えない。 ようやく顔を上げたかと思えば、その唇の血色は悪く、小刻みに震えていた。 とても弱々しく感じられる。 「…」 指先を頬に滑らせた。 「こんなにも冷たくなって…」 「…ッ…」 俺を待っていてこんなにも冷えているのならば、本当に可愛らしい人だ。 なによりも可愛らしく、なによりも愛おしい… 「…おいで、蹴人。温めてあげる…」 俺はそう言って蹴人に手を差し伸べた。 意外な事に蹴人はその手を拒まなかった。 いつもならば、素直でない言葉を並べて自分で立ち上がるだろう。 予想外の反応は俺を混乱させた。 俺はその手を握って引き上げた。 手を握ったままマンションへと入った。 このような人目につく場所で、俺はなにをしているのだろうか… 俺は、八神総一郎としてではなく、一人の男としてそのようにしたいと思った。 すぐに離されるだろうと思っていた手はまだ繋がれたままだ。 俺たちはそのままエレベーターに乗り込んだ。

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