160 / 270
第37話
思わず溜息が漏れてしまいそうな程に曖昧な反応だ。
どちらとも取れない。
また振り出しに戻ってしまったような気分になった。
「日本の大学を受けたいらしくてね、ロシアからこちらに来ていたのだよ。」
「弟…。お前、高校生の弟が居るのか?」
蹴人が驚いたように俺を見た。
無理もない。
弟の話をすると大体の人は驚く。
「ふふ、一回り以上も年齢が違うと、弟というよりは息子という感覚かな。少し複雑な関係なのだけれどね。母親は違うけれど、とても可愛らしい弟だよ。あ、写真を見るかい?」
何故そのような事を言ったのかは分からない。
メディア用の家族写真ならば、インターネットが普及している時代なのだから探そうと思えばいくらでも出てくるだろう。
他人にプライベート写真を見せるのは初めてだ。
蹴人ならば…
そのように思ってしまった。
「…見る。」
パソコンを脇に置いて、サイドテーブルの引き出しから一枚の写真を取り出して蹴人に渡した。
「この人が義母で、その隣が弟だよ。家族が海外へ引っ越しをする少し前に撮影したものだよ。」
写真の人物を指差しで説明した。
「これ、お前か?」
「そうだよ。君と同じくらいの年齢の頃の写真だから少し若く見えるかもしれないね。」
「いや、若いというか、もう既に色々出来上がってるというか…」
「君ね、それでは俺が老けているみたいではないか…」
家族写真とは言ったが、写真にあの人は写ってはいない。
あの人はビジネスにならない事はしない。
そういう人間だ。
「…弟なら弟って最初から言え、バカ!!」
「え?」
「…なんでもない。」
「気にしていたのかい?」
「そんなわけ、ないだろ…」
「それは、残念だなぁ。」
「…」
「あの日…君を一人で帰宅させてしまった日の事は俺にも非があると感じているよ。」
「…」
あの日の事は酷く後悔している。
俺が悪かったのか、蹴人が悪かったのか…
俺は、今もまだ答えを導き出せずにいる。
「ずっと、後悔していた。…強引に君を抱いた事を…」
この件に関しては完全に俺に非がある。
あの日がなければ、蹴人とこのようにして会う事もなかったと思う。
けれど、後悔の気持ちは消せなかった。
あのような形で抱くべきではなかった。
俺が、後悔の気持ちを見せる事は蹴人に失礼だと思ってきた。
隠し通さなければならないと思ってきた。
もう、隠せない…
「は?」
「後悔はしていないと自分に言い聞かせていたのだけれどね…」
「なんだ…それ…」
「後悔していたからこそ、君の発言や態度に敏感になって…」
「…ッ…けるな…」
「え?」
「ふざけるな!…お前が後悔なんてしたら俺の立場どうなるんだ!!」
「分かっている…分かっているつもりだよ。俺が毎日のように君に電話をしたり、メールをしたりしていたのはね、少しでも長く君を手元に置いておきたかったからだよ…」
「…」
「その後も君を何度も抱いたのは、少しでも長い間、せめて身体だけでも君を繋ぎ止めておきたいと感じていたから…」
「…ッ…」
「不安で仕方がなかった…君が、俺の前から居なくなってしまいそうで、怖くて仕方がなかった…」
「…確かに俺とお前の出会いは最悪だった。でも、その後の事は俺の同意の上だっただろうが。俺はその選択に後悔なんてしてない。…そもそも、嫌だったらこうしてお前に会ったりなんてしないし、電話にだって出ない。だから、勝手に不安がったりするな!」
「蹴人…」
「…なんだ。」
なぜだろうか…
今とても大切な話をしている筈なのに…
言葉が入ってこない。
靄がかかったように目の前が白くなる。
グルグルと目が回って、酷い吐き気に襲われた。
「ッ…ごめんね、蹴人…少し、気持ちが悪くて…」
「…は?バカ、早く便所行け!!こんなとこで吐くな。」
口元を押さえてお手洗いへと駆け込む。
俺は、全てを出しきるまで俺にから出る事ができなかった。
ともだちにシェアしよう!