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第4話

目を細めたくなるくらいの笑みで嬉しそうに言われたら返答に困る。 ただいまと言われたらおかえりと返すのが一般的だ。 でも、俺はなにも返す事が出来ない。 今の俺は、なにかがおかしい… 一言でも声を出したら、なにかが溢れそうで、怖くて声を出せない。 「…ッ」 「どうしたのだい?蹴人。」 八神が俺を覗き込んで、とっさに目線をそらした。 今まっすぐな瞳に捉えられたら、全て見透かされそうな気がした。 「…」 だんまりの俺の頬を八神の指先が撫でる。 そこがチリチリ熱を持って、胸が苦しくなった。 「なにかあったのかい?今にも泣き出してしまいそうな顔をしているね…」 八神の言葉で初めて理解した。 俺は今、泣きそうなんだ…と。 だから、胸を締め付けられたように苦しいんだ…と。 「…」 「…淋しかったのかい?」 優しい指先に、甘い声… 「…そんな訳…ないだろ…」 やっとの思いで絞り出した言葉は、あまりに可愛げなくて、いかにも俺らしい言葉だった。 「本当に、君は可愛らしいね。」 八神の感覚はおかしい。 これのどこが可愛いのか… そもそも、男の俺がそんな言葉を喜ぶわけがない。 「…可愛い訳…ないだろ…」 昔の俺だったら睨み付けてるか、蹴りの一発でも入れていたと思う。 でも、八神が口癖のように事ある毎に可愛い可愛い言うせいで、きっと俺の感覚まで麻痺し始めている。 「蹴人。」 「…」 「帰ろうか?…」 「…あぁ。」 俺から離れると、八神は助手席のドアを開けた。 その言葉に、俺は躊躇する事なく乗り込んでからシートベルトをした。 シートベルトのカチャッという固定音が妙にデカく感じた。 どうやら俺は、八神の家に連れて行かれるらしい。 その後、八神も運転席に乗り込んで車が走り出した。 「俺が居ない間、君は自宅に居たのかい?」 まっすぐに正面を見ながら八神が言った。 「あぁ…」 「そう…合鍵は一度も?」 「あぁ…」 「玄関を開いた時に、君が待っていてくれているかもしれないと少し期待していたのだけれど、高望みしすぎてしまったみたいだね。」 「…ッ」 そんな言い方はズルい… 俺が家に帰ってるとか、バイトに行っているとか、そんな事を考えもせずに、貰った合鍵を使って部屋に上がり込んで律儀に八神を待つ俺を想像しながら家に帰った八神の気持ちを察すると胸が苦しくなる。 居たたまれなくなって… 八神の横顔が、横目にチラチラ映り込むのすらも苦しくて、顔をそらして流れる景色をただボーッと見ていた。 「ごめんね、困らせてしまったね。」 「…いや。」 八神のホントに細やかな願いすら叶えてやれない自分が情けない。 合鍵を渡された時点で、八神がなにを言いたいかなんて分かっていた筈だ。 どうして、俺はこんな不器用なんだ… 器用に生きられるヤツが羨ましい… いつの間にか、流れ行く景色すらも見る事を忘れて、そんな事を思っていた。 「蹴人、着いたよ?」 八神の声で我に返った。 「あぁ、悪い。」 「考え事かい?とても難しそうな顔をしていたよ。」 八神がシートベルト外しながら言った。 「別に、なんでもない。」 俺もシートベルトを外して、八神の顔すらも見ずに先に車を降りてエレベーターホールに向かって歩き始めた。

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