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第5話
エレベーターを待っている間、ホール内はとても静かだった。
なにを話したらいいのかも、どうしたらいいのかも分からないまま、凄いスピードで変化するエレベーターが通過した階を示す電光掲示板をボーッと眺めていた。
一つ小さくため息を吐くと、エレベーターの扉が開いた。
一歩、二歩と進み、中に乗り込んだ。
音を立てて扉が閉まった瞬間、八神に抱き寄せられて、そのまま壁に押し付けられた。
「痛ッ…おい、なん…ッ…ん、ン…」
強引に押し当てられた唇も、絡まってきた舌も、全部が熱くておかしくなりそうだ。
どうにかなりそうな感覚が怖くて、八神の首に手を回した。
最新のエレベーターなんだと思う。
上っていく音すらしない。
その代わりに、俺達の少し荒くなった呼吸と、口元から溢れる水音だけが妙にデカく感じた。
呼吸する事すら忘れて唇を貪り合った。
「…んッ…」
「…ふ…はぁ…ッ…んン…」
流石に苦しくなってきて、僅かに出来た隙間から必死に呼吸をした。
俺は八神とどうなりたいのか…
益々分からなくなった。
八神に触られると、なにも考えられなくなる。
脳まで溶かされたような錯覚を起こす。
エレベーターの扉が開くのと同時に解放された。
八神は、お決まりのように唇を繋いだ細い唾液の糸を舐めとった。
「………蹴人、好きだよ…」
そう言った八神の声は、いつも以上に甘かった。
「…そういうの、…いちいち言うな…」
八神のまっすぐな瞳が痛くて、思わず視線をそらした。
エレベーターを降り、八神に手を引かれながらその後ろを歩いた。
八神が部屋の鍵を開けて中に入った瞬間、今度は俺が八神を壁際に追いやった。
所詮、俺にはこういうやり方でぶつける事しか出来ない。
これが一番俺らしい。
まどろっこしい言葉よりもずっとシンプルで俺らしい。
「…ッ…蹴人?…」
八神が驚いたように俺を見た。
いつもは八神が俺の身長に合わせてくれている。
でも、今日は俺が仕掛けるから俺が合わせるべきだと、八神の首元に腕を回して、少しだけ背伸びをしながら唇を啄んだ。
さっきの激しいキスとは違う。
リップ音を響かせて何度もしつこく啄む。
一つ、二つと上から順にスーツのボタンを外していく。
その手は無駄に震えていて、上手く脱がせる事が出来ない。
苦戦しつつ、ようやく脱がせたスーツを床に放った。
ウエストコートにワイシャツにネクタイ…
スラックスに下着…
どれもこれもが邪魔だ。
ただ、早く八神に触りたかった。
「…お前、着込みすぎだ…全部…邪魔……」
八神の耳元で囁いた言葉すら可愛げない。
耳朶を甘噛みすると、八神が小刻みに震えた。
「…ッん…蹴人、あまりいつもと違う事をしないで…とても、不安になってしまうよ…」
その反応から、八神も触られるのにあまり慣れてない事が分かった。
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