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第9話
俺は、いつもより長めに熱いシャワーを浴びた。
その結果、若干逆上せ気味だ。
鏡の前の俺は、火照りからか身体がいつもより赤みがかっている気がした。
蛇口のハンドルを水の方に向けて上げると、洗面台に顔を近付けて流れ出る水を両手で受け止めながらバシャバシャと顔を洗った。
その後、用意してあったタオルで身体と髪を拭き、タオルの下に置いてあった新しいボクサーパンツを履いて、バスローブを羽織った。
紐を結びながらリビングに戻るとアイランドキッチンの流し台の前に居た八神と目が合った。
「随分とゆっくりだったね。逆上せてないかい?」
「大丈夫だ…」
「お水を飲むかい?」
「あぁ。」
冷蔵庫からペットボトルに入った水をを取り出し、俺はそれを受け取った。
蓋を回すと、カチッと封が切れた音がして、回しきったところで蓋を外して、喉仏を上下させながら流し込んだ。
「ごめんね、作るだなんて言っておいて、食材が何もなくて…出来合いのものになってしまうのだけれど…」
「…なにか口に入ればいいし、気にするな。」
出てきたのはレトルトカレーだ。
八神は相変わらず金持ちなクセに庶民的だ。
どんな顔をしてコレを買っているのか見てみたいものだ。
この分だと、ライスもレトルトだと思う。
「外食も考えたのだけれど、今の蹴人を外出させるのは気が進まなくてね。…今の君は、誰にも見せたくはない…」
「…なんだそれ。」
ダイニングチェアに座るまでの俺の行動はあまりに自然だった。
ココに慣れていく自分が怖い。
ココは俺のテリトリーじゃない。
「どうぞ、召し上がれ。…俺も食べた事がないのでね、美味しいのかどうかはわからないのだけれど…」
「大丈夫だろ。レトルトなんて大概どれも同じだ。…いただきます。」
スプーンを持って両手を合わせた。
カレーを食う俺を八神は上機嫌で見ていた。
俺はそれにすら慣れ始めていた。
「蹴人は本当に美味しそうに食べるね。何度見ても飽きないよ。」
「あんまり見るな。…つか、お前は食わないのか?」
「俺は大丈夫だよ。このような時間に食べてしまうと胃がもたれしてしまいそうだからね。」
「お前は爺さんかっ!」
「酷いなぁ…。蹴人、おかわりはするかい?」
「いや、いい。ごちそうさま。」
「お粗末様でした。」
八神がそう言ってそれを下げた。
それくらいはやりたいが、いつも八神が先に動いてやってしまう。
せめて洗い物だけでも…と思うが、俺はキッチン出禁の身だ。
結局、やる事がない俺はいつものソファーに座って八神を待った。
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