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第17話

俺はズルい… そんな事は分かっている。 俺は八神の腕の中でもがく事が精一杯だ。 「もうたくさんだと言ってるだろ、離せッ!」 「離さない!…絶対に離さない!」 「嫌だ…離せっ!」 「離したら…君はまた逃げるだろ!もう二度とこうはさせてくれないだろ!だから、逃がさない…絶対に。」 八神のいつもより荒い言葉遣いと、腕の力強さに俺はまた身動きがとれなくなった。 どうせ逃げても追いかけてくる。 俺の気持ちなんかそっちのけで、いつもみたいに… 「逃す気なんて…ないクセに…」 八神の身体がピクッと揺れた。 そして、フッと八神の力が抜けて、俺を抱きしめていた腕が力無くほどけていった。 背を向けて一歩、二歩… 八神が遠くなる度にスリッパがペタペタと鳴る。 「…そうだね。けれど、俺も疲れた…追いかけてばかりでは…疲れてしまうよ…」 帰ってきたのは想像すらしてなかった言葉だった。 俺は、前に颯斗が言っていた事を思い出ていた。 いい加減素直にならないとその内捨てられる… 颯斗の台詞をこんなタイミングで思い出すなんてどうかしている。 「散々追い詰めておいて、…突き離すのか?…」 「…どうだろうね。全ては君次第なのではないかな?」 「…俺…次第…」 「曖昧な関係の終止符の打ち方を決めるのは君だよ。」 ズルい言い方だ。 俺もズルいが、八神も十分ズルい。 この関係を終わらせるか… 俺が認められずにいる気持ちを認めるか… 終止符の打ち方を決めろというからにはこの二択しかない。 曖昧な関係の継続は認められない。 「…分からないって…言ってるだろ…」 「分からない筈が、ないよね?」 「…」 「俺は何度も君に伝えてきた。…今度は君の番だよ。蹴人…聞かせてほしい。もういい加減に曖昧な関係は…」 「黙れ!!自分ばかり勝手に話を進めやがって!!全然ついていけてないんだ、俺は!!最初から、お前に会った日から、全然ついていけてないんだ!!嫌いとか嫌いじゃないとかそういう以前の問題なんだ!!いい加減にしてほしいのは俺の方だ!!」 一度口にした言葉はもう二度と修正出来ない。 そんな事は分かっている。 でも、感情に任せて捲し立てるように出た言葉はもう歯止めがきかなかった。 追い詰められるとろくな事がない。 傷付けた。 あのまま逃がしてくれればよかった… そうすれば、こんな事は言わずに済んだ筈だ。 「…そう、あくまでもその姿勢を貫くのか…」 八神と向き合っていなくてよかったと思った。 自分がどんな顔をしているのか想像ができた。 だから、顔を見られなくて良かった。 俺はホッとした顔をしている。 縛り付けられていたものから解放されてホッとしている。 これを逃せば、もう二度と自由はない。 誰のモノにもならないで適当に摘み食いする程度がやっぱり俺には似合ってる。 誰かのモノになるなんてらしくない。 揺らいだせいでそんな事も忘れていた。 戻ろう… これがラストチャンスだ。 なのに… そう思ってる筈なのに息が… 苦しい… 言葉が出ない。 俺は言い過ぎた事を謝らないといけない筈だ。 なのに言葉が出ない。 「…今日は、もう帰る。…頭グチャグチャで、整理が出来ない…」 「今日は?俺達に明日など無いよ…」 「…」 「俺達の関係はここまでだ。…良かったね、蹴人。俺から逃る事が出来て…君の望みが叶って…」 「…ッ…」 「…話は終わったのだから、早く帰りなさい。君がこの場所に留まる理由は、もうないよ。」 それは、とても冷静な声だった。 苦しい… 切ない… ホッとするどころか、そんな気持ちばかり溢れて、俺は堪らなくなって飛び出した。

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