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第20話

八神に甘えてなんていない。 でも、折戸さんに反論する事が出来なかった。 「…俺は…」 言いかけたところで折戸さんがソファーから立ち上がった。 「…このままではあまりにも総一郎が可哀相なので一応言っておきますが、近日中に総一郎と君島さんのご家族が二人を交えて顔合わせをする事になっています。総一郎があのお父上を前にして逆らえるわけがないのです。つまり、その日迎えれば総一郎は結婚せざるを得ない。私の言っている意味が、分かりますね?」 「なんで今更そんな事を俺に…」 「…大切な友人には幸せになってもらいたいので…とでも言っておきましょうか。ここから先を決めるのは、黒木君、貴方です。」 折戸さんはそれだけ言うと部屋を出ていった。 「…どうしろって言うんだ…」 八神が結婚… 俺にはあまりピンと来なかった。 口を開けば好きだのなんだのと甘い声で甘い言葉を吐いて… そんな八神が女と結婚して、ガキ作って… ホント、ピンとこなさすぎて笑えた。 俺は、八神にやれるものは全部やっているつもりだった。 でも、俺が八神にやっていないものが一つだけあった。 それは、あまりに単純で… その単純さが、俺にはあまりに難しくて… ただ二言… その二言が、俺には難しくて遠い… きっと、それは八神が一番欲しい物だったのかもしれない。 俺は、それが言えない。 八神は、それを聞きたい。 俺は、限界だった。 八神も、限界だった。 限界だったのは俺だけじゃなかった事に今更気付いてしまった。 だからあの日、八神は強引に言わせようとした。 今までそんな事は一度もなかった。 折戸さんの言う通り、俺は八神に甘えていた。 それを言わずにいさせてくれた八神に甘えきっていた。 たった二言を律儀に待ち続けてくれていたのかと思うと胸が苦しい… 可愛くて、愛しいとさえ思えてくる… 俺は… 俺をこんな気持ちにした八神の事が… 「…嫌いじゃ、なさすぎる…」 口元は笑っている。 なのに、涙が溢れてくる。 不思議な感覚だ。 俺が今すべき事… それは一つしかない。 もういらないと突き返されるかもしれない。 でも、俺が一つだけやれてない物… それを八神にやりたいと、そう思った。

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