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第21話

誰かに気持ちをやりたいなんて思ったのは久しぶりだ。 過去に一度だけあった。 全部をやりたいと思った事が一度だけ… 結局それは叶わなかった。 だから俺は特別を作る事を止めた。 大切に思っていた人がこぼれ落ちていくのは堪えられなかった。 適当に捕まえて、ホイホイ寄ってきたのを食って、それで満足をした気でいた。 当たり障りのない関係しか築かないようにしていた。 颯斗を除いて、こんなに長く人と関わるの日が来るなんて思わなかった。 俺の意思は固かった筈だ。 それなのに、俺がどんなにあしらっても八神は諦めなかった。 ホント、しつこい… ホント、恥ずかしい… いい大人なクセに… ホントに… 「アイツは、どうしようもないヤツだ…」 そんな八神を嫌いじゃない俺は、もっとどうしようもない。 俺はどんな顔して、八神にこの気持ちをやるのか… 想像も出来ない。 八神の事考えていたら、無駄に甘い声が… 無駄にだだ漏れした色気のある顔が… 頭から離れなくなった。 「…会いたい…」 思わず漏れた言葉に思わず口元を押さえた。 会ってどうする… もう会わないと言われた… 温厚な八神の冷たい顔と声… 怖い… 会ってくれないかもしれない… もしあの女と居たら… 色々な感情が過る。 でも、今の俺が一番怖い事は伝える事だ。 八神に全てを曝け出す事だ。 俺は八神に全てを晒せるんだろうか… 俺が怖いのはそれだけだ。 それでも… 会いたい… ただその一心だ。 シャワーを浴びて、身体と頭を拭いて、構っていなかった間に伸びた髭を剃る。 真っ裸のまま乱雑に置かれた服の山から適当に漁った服を着て家を出た。 衝動じゃない。 八神の事、俺の事、俺と八神のこれからの事を考えながら…ゆっくり一歩一歩踏み締めて歩いた。 持ち物は、電子マネーカードとスマホ… そして、一生使ってやるものか…と思えていた八神の家の合鍵… カードを使って改札を通り抜け、階段を上り、ホームで電車を待つ。 アナウンスが響き渡り、電車の到着と共に髪を揺らす。 目まぐるしく変わる景色… 3駅見送り、4駅目で下車した。 ここら辺で一番栄えている駅だ。 平日の夕方… ラッシュ前だというのに駅は混雑していた。 雑踏を掻い潜って駅を出る。 ココから八神の家まで徒歩で15分… それなのにココから八神の家が見える。 タワーマンション… 八神は、あんなマンションの最上階に住めるようなヤツだ。 世界が違う… 遠目でも存在感を放つマンションに目を細めた。 不思議だ。 こんなに余裕を持ってこの道を歩いている。 考えてみたらココを通る時はいつも余裕がなかった。 バカみたいに突っ走ったり、無気力だったり… 本当に不思議だ。

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