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第23話
この場所に俺以外に誰かが居るのだとしたら、それは八神しか思い浮かばない。
それに、抱き締める時の力加減だったり、微かに感じる香りだったり、体温だったり…
その全てが、俺の知っているものだった。
聞かれた…
恥ずかしさに思わず俯いた。
「…本当に君は酷いね。そのような可愛らしい言葉を俺ではなく、扉に言うなんて…この扉にさえ、嫉妬してしまいそうだよ…」
突き放した癖に今更…
でも、その台詞はあまりに八神らしくて責める気も失せる。
「…バカ野郎…」
「先程の可愛らしい言葉は、俺へのものだと解釈しても構わないかい?…それとも、俺は自惚れている?」
「お前なんて、いつも自惚れてるだろう…」
「少し、自信をなくしてしまっていたのでね…。困ったね…嬉しくて、俺も泣いてしまいそうだ…」
「この、駄社長が…」
「蹴人、黙って…」
「…ッ…」
「…君は俺になにを伝えようとしていたのだい?」
「お前、どこから聞いてた。」
「…蹴人、聞かせて?」
「だから、俺はお前が………す…」
言ってやろうと思っていたのに、いざとなったら躊躇して出てこない。
「うん?…」
「…」
「…」
「………嫌い…じゃ…ない…」
後ろから笑いを堪えたような声が聞こえた。
「その言葉、君らしくてとても好きだよ。…嬉しい…」
俺の可愛げない台詞を嬉しいと言う八神はとんでもないバカ野郎だ。
でも、そういうところが俺は…
八神のそういうとこが…
「…ホント、バカなヤツ…」
「こっち…こちらを向いて?蹴人…」
「嫌だ…」
「どうしてだい?…」
「…ダサい顔…してる…」
「見たいな…見せて?…でないと、強引にでも向かせるよ?」
それも癪で、俺は仕方なく振り返った。
すぐに八神と目が合って参った。
「…あんまり、見るな…」
「そのお願いは、聞き入れられないかな…凄く可愛らしい…」
「…可愛いとか、言うな。ホントバカ…」
「目が赤いね…」
八神の顔が近づいて、恥ずかしさに目を伏せると瞼にキスをされた。
次に、俺の手を取って扉を叩きすぎて赤くなった手にもキスをした。
「止めろ、それ…」
「蹴人、次に俺の知らない場所で泣いたり、怪我をしたりしたら、許さないから…」
「怪我って…少し赤くなっただけだろ。大袈裟だ。」
「駄目。…蹴人、返事は?」
「…分かった…」
「いい子…」
そう言った後、唇が触れ合った。
唇まで冷えていたのか、八神の唇がいつも以上に熱く感じる。
「…ッ…」
その後は部屋の中に上げられて、例によって例の如くベッドで縺れ合った。
そういう雰囲気になったわけでもなく、当たり前みたいに…
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