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第31話
翌朝、目を覚ますと俺はバカデカいベッドで寝ていた。
そして、昨日の事を思い出してどうにも照れくさい気分になった。
手探りで八神を探したが、八神は居なかった。
ただ、俺の隣はまだ暖かかった。
「ッ…」
起き上がろうとした瞬間に襲ったのは痛みだ。
俺の奥に深く刻まれたような、そんな痛みだった。
時計に目をやると、10時過ぎ…
だいぶ朝寝坊だ。
「蹴人、起きたのかい?」
「…ん、あぁ。」
「おはよう。」
穏やかな声が聞こえた方を向くと、八神がネクタイを結びながら近付いて来てベッドの端に座った。
キシッとベッドが軋む。
「…あぁ、おはよ。」
普通の会話が妙に照れくさい。
不思議な気分だ。
八神が俺の頬に触れて、軽くキスをした。
「もう少し休んでいても良かったのに…」
八神の指が前髪を擽る。
その手の動きは、綺麗で優しかった。
「…どこかに行くのか?」
今日は、何日で何曜日だろうか。
八神がこんな時間に居るって事は多分休日だ。
ふてっていたせいか、日付や曜日の感覚があやふやだった。
「昨夜も話したけれど、由莉亜の見送りにね。」
「そういえば、そんな事言ってたな…」
「君も行くかい?」
「俺はいい、お前が手加減知らずなせいで動けない。」
「…その返事は少し残念だな。」
「は?」
「行かないでほしいって言ってもらえるのではないかと、少し期待をしていたからね。」
「…言ったら…行かないのか?」
「行かないよ。君が望むならば。」
羨ましいくらいの即答だ。
「…ッ」
そう言って笑った八神のYシャツの裾を掴んで軽く引いた。
「…うん、分かった。行かない。君の側に居るよ。」
八神はまた小さく笑って、俺の前髪を撫でた。
その言葉に安心してYシャツから手を離した。
行かせたくない…
いや、行ったら許さない。
俺をこんなにしておいて、看病もしないで自分だけスッキリしたような顔で俺を置いて行くなんて許さない。
今はまだ、そういう事にしておく。
八神の指先が俺の頬を擽った。
「お前は、俺に甘い…」
「どうやら俺は、好きな子の事は存分に甘やかさないと気が済まないみたいなのでね。」
「重い。」
「ふふ、酷いなぁ。…もう少し寝ていなさい、俺は朝食の用意をしてくるよ。」
「側に…」
「え?」
「側に居るんじゃないのか?…」
「居るよ。今日は一日中、君の側に居る。」
「じゃぁ…どこにも…」
「うん?」
「…行くな。」
昔、言われた気がする。
ーーー 蹴人君はさ、意外と淋しがり屋さんだから沢山甘やかしてくれる人がいいんじゃないかな?ーーー
俺は、久しぶりに懐かしい言葉と声を思い出していた。
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