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第32話

俺にそう言ったのは、小咲(こさき)という女だ。 小咲は、都会から俺が住む辺鄙な田舎へ療養に来ていて、転校先がウチの中学だった事で中2の終わりの頃に出会った。 こんな時期の転校生… 今思えば、事態は深刻だったのかもしれない。 そんな事を知りもせず、当時から取っ替え引っ替え爛れた俺は、一目で彼女に惹かれた。 ーー 蹴人君は、多分本当に好きな人が出来たら可愛くなっちゃうタイプだと思うよ、私。ーー 人の気も知らないで、こんな事を言う女だった。 小さいクセに胸がデカい、色白で華奢な、笑顔の可愛い、儚くて尊い女… ヤりたいとかじゃなくて、ただ側に居て守ってやりたいと思った。 中3のガキが誰かを守りたいなんて思ったって出来るわけがないのに… 小咲は学校を休みがちだった。 登校してきても、体力が続かなくて午前中で早退というパターンが多かった。 午後から登校してきた時には一緒に下校をし、休んだ時や早退した時はプリントを口実に会いに行った。 俺にもこんな可愛い時期があったというわけだ。 中学を卒業して、高校に上がる。 さらに女らしい体型になっていく同級生の中で、小咲だけが変わらない。 変わらないどころか、やつれていくばかりだった。 大きな病院は、車で一時間くらい離れた場所にしかない、定員の大幅な不足で廃校寸前の小中の分校と高校がなんとかあるような小さな田舎町に、なぜ小咲は療養しに来たのか… 今となっては誰も分からない。 小咲はもう居ない。 発作を起こして搬送された病院で亡くなったと聞いた。 人の死を身近に感じたのは、これが初めてだ。 父ちゃんの時は、まだ小さかったせいか覚えてない。 小さいながらに、好きだった人が突然居なくなったという感覚だけはあった。 居た筈の人が突然居なくなる… こんなに恐ろしい事はない。 ーー 蹴人君、今は考えもしていないだろうけど、君にもいつか本気で誰かを好きになる日が来るよ。その時は素直にならなくちゃダメよ?そうすれば、きっと幸せになれるから。ーー 懐かしい。 小咲の事を思い出したのは久しぶりだ。 タイミングの良さが小咲らしい。 自分は二の次で、人の事ばかりのヤツだった。 あの時は、好きな女にそんな事を言われて、不服だったが、まさかホントに小咲の言葉通りになるなんて思いもしなかった。 まだ正式にあの言葉は言えていない。 けど、俺からしてみれば、言ったも同前だ。 「蹴人、あまり可愛らしい事を言うのは反則だよ。」 「知るか、そんなの。…ずっと側に居るんだろ?…来いよ…」 「しかし、シャツが皺になってしまうよ。」 困り顔の八神が俺を見下ろした。 「脱げばいいだろ、そんなもの…」 「ふふ、そうだね。」 「…一応言っとくが、ヤらないからな。」 「分かっているよ。」 ネクタイとYシャツを床に放ると、ベッドを軋ませながら潜り込んでくる。 八神らしからぬ行動だ。 掛け布団が八神の形になってモソモソと動く。 それがおかしく笑った。 「お前、それ最高。今度どっかで披露したらどうだ?潜り芸。八神社長のご乱心だと慌てたまくるだろうな。」 「こら、からかわないの。」 モソモソ顔を出した八神は不服そのものだ。 仕返しだとばかりに後ろから抱き締められた。 「…って、分かってるとか言いながら、甘勃ち擦り付けてくるな!」 「生理現象なのだから仕方がない事だよ。好きな子とこのようにして密着していたら、男であればこのようになってしまうよ。」 「別に誰にだって勃つだろ、生理現象なんだからな。」 「俺は蹴人にだけだよ…」 「…一生言ってろ、バカ。」 項に八神の息が掛かって少しくすぐったい。 そこに、八神の唇が押し当てられて強く吸われた。 「…項のキスマークは、とても色っぽいね。」 「ッ…知るか!」 「君の全身が、俺の残した痕で埋まるくらいに、沢山残してあげるよ。」 そんな恐ろしい言葉でも許せる俺は、八神に完璧毒されて色々麻痺しているに違いない。 ダサいと思いながら、こんな俺も嫌いじゃないとも思う。 不思議だ。

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