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第41話
車を降りると、颯斗が足音を立てながら俺の前に立った。
「バカシュート!凄く心配したんだからな!」
「あぁ、悪かったな、颯斗。」
怒るどころか颯斗は半べそ状態だ。
俺は、颯斗の涙には弱い。
「ホントは怒ってやろうと思ったけど、元気そうなシュートみたら怒る気も失せたし…」
「…まぁ、俺もお前に怒らないといけない事があるが、今回は飲み込んでやる。」
「え、俺なんかしたか?」
「そこのクソ八神に聞け。」
八神が窓ガラスを下げた。
「やぁ、新見君、おはよう。」
「八神さんおはよ。つーか朝っぱらから見せつけてくれるよな。車内で濃厚キスとか、こっちが小っ恥ずかしいっつーの!」
「君と折戸には敵わないと思うけれどね。」
「あったり前!」
「この間の新見君のアドバイスは有効だったよ。」
「マジ?やったのかよ、ホントに!ウケる!」
「颯斗、お前あんまり八神をイジるな。コイツ冗談通じないから。」
颯斗の反応から、八神は颯斗にからかわれただけだという事が分かった。
八神も八神だけど、俺も俺だ。
あんな言葉に引っかかってウジウジしてた俺がバカみたいだ。
颯斗が俺を見てニカッと笑って、頭を撫で回した。
「そっかそっか、シュートにも春が…」
「来てない!!」
「またまたー。」
俺と颯斗が戯れていると車内からわざとらしい咳払いが聞こえた。
「新見君…」
その先には、引き攣って上手く笑えてない八神が見えた。
「いやいや、冗談冗談…やだなぁ、そんな怖い顔すんなよ、八神さん。俺は壱矢さんのもんだからそうヤキモチ焼くなよ。」
颯斗が慌てて俺から離れた。
「それは分かってはいるのだけれどね、それでもあまりベタベタと触れられるのは困るよ。新見君も俺が折戸にベタベタと触るのは許せないでしょう?」
「やだッ!」
「いい子だね。君が話の分かる子で良かったよ。」
「おい颯斗、そろそろ行くぞ。」
「おー。」
「蹴人、頑張ってね。」
「あぁ、お前もな。」
「もーやだ!何この初々しさ!!羨ましい!!」
「…颯斗、お前、もう黙れ。」
背中で車の走り去る音を感じながら大学に向かった。
「ホント…良かった。」
颯斗が安心したように言った。
俺はその言葉が小っ恥ずかしくて聞こえないフリをした。
「…」
「聞こえてるくせに。」
「黙れ、そこは流せ。」
「嫌だね!俺は根掘り葉掘り聞く権利があるぞ!だいぶ貢献したし。」
「頼んでない。」
「あんないい男、逃すなよ。金持ち、顔良し、性格良しなんて中々いねぇよ?」
「つか、逆だ…」
「逆?」
「逃がしちゃくれないだろ、アイツは。」
「うっわ、すっげぇ自信!」
「自信?…そんなもんある訳ないだろ。もし自信があるとすれば、それはアイツのせいだ。」
「なにその超ド級の惚気!」
もし、俺が口にしている事が自信なのだとしたら、それは八神が俺に与えているものだ。
八神が、アホみたいに甘い声で最上級のくだらない言葉を吐くせいで、逃げる気もしなくなる。
その言葉が俺を捕らえて逃がさない。
だから、それがなくならない限りは俺は八神から逃れる事なんて出来ない。
全ては八神次第…
俺はやっぱりズルい。
そう思う事で、逃げ道を作っている。
誰かの感情に触るのは怖い…
息苦しくなる…
それでも、俺は八神の手を掴んだ。
理由はよく分からない。
それは偶然なのか必然なのか…
あまりこういうのは信じない方だが、神っていうのが存在して、人間を上手く動かしているんだとすれば、それは必然なのかもしれない。
つまり、俺たちは出会うべくして出会って、なるべくしてこうなった…
そういう事だ。
そんなくだらない事を考える程、俺の脳内は八神の事ばかり考えている。
「なぁ、颯斗…」
「んー?」
「…いや、やっぱ止めとく。」
「はぁー?言いかけはズルいぞ、シュート!」
「…颯斗は、なんつーか…折戸さんの事考えたりとかする事あるか?」
「当たり前!つか常に壱矢さんでいっぱいだぞ、俺の頭も心も。それが恋するおっとめゴコロってヤツだしな。」
さらっと惚気る颯斗に溜息を吐きつつ、それが間違いじゃない事を知って安心した。
こういうのに疎い俺は正しいのか間違っているのかも分からない。
失敗は怖い…
でも、失敗を怖がってばかりいたら進めない事も知ってる。
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