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第42話

八神の事に関して言えば、頭で考えて躊躇するよりも先にいつも身体が勝手に動いていた。 俺は、いつも不思議だと思っていた。 これが、もし颯斗の言うところの乙女心ってやつなんだとしたらムカつくし、全然認めたくない。 「なーにが乙女心だ。そもそも乙女じゃないだろ。」 「分かってないな、シュート。乙女心に性別はない!」 「いや、あるだろ。」 「ない!」 真っ直ぐな颯斗は羨ましい。 これは無い物強請りなのかもしれない。 捻くれ者の俺には絶対に真似出来ない。 だからこそ、憧れる。 「分かったからとっとと歩け。講義に遅れる。」 そう言いながら颯斗の背中を押して講堂に向かった。 久しぶりの講義だ。 頭のフル回転で、かなり消耗した。 休んでいた間のノートは麻倉が見せてくれた。 あんな事はあったが、俺と麻倉の関係に変化はなかった。 正直、安心した。 講義後、麻倉と別れてバイトに向かった。 俺が休んでる間、颯斗が代りに出ていたらしい。 颯斗の起点でバイトに穴は空かなかったが、店長には少し怒られた。 どちらかと言えば、渡瀬さんからの無言の圧力の方が怖かった。 バイトが終わって外に出ると見慣れた車が停まっていた。 そして、車に寄り掛かった八神が遠慮がちに手を振った。 俺はなぜか八神から目をそらした。 「待たせたか?」 「いや、つい先程到着したところだよ。お疲れ様、蹴人。」 「お前もな。」 「乗って?」 「あぁ。」 俺は助手に乗り込んで、八神が運転席に座ると車が走り出した。 「ほんの数時間しか離れていなかった筈なのに、その時間をとても長く感じたよ。」 そんな事を言われても返答に困る。 ぶっちゃければ、俺は特にそんな事は考えてもいなかったし、どうせ夜会うんだし程度だったからだ。 これを温度差と言えばそれまでだが、俺が同じ事を言うとは八神も思っていないと思う。 でも、多少期待はしていたのかもしれない。 「お前、よくそんな台詞吐けるな。」 「君にだけだよ。」 「…そうか。」 横で八神がクスクス笑った。 「やはり君は可愛らしい…」 「お前、そればかりだな。一生言ってろ。」 「いいのかい?一生言っていても…」 「…ッ…勝手にしろ…」 「では、勝手にさせてもらうよ。」 車が地下の駐車場に入って停まった。 八神がシートベルトを外して、それに続いて俺もシートベルトに手をかけた。 シートベルトが音を立てて元の場所に戻っていったのと同時に、八神の手が伸びて、レバーを引いたのか椅子が後ろに倒れた。 「おい!なにす…ん…」 いつの間にか俺の足の間に入り込んだ八神に唇を塞がれた。 その後は、いつもみたいに八神は顔中にキスをした。 嫌だという感情はない。 ただ、嫌だと思えない自分が腹立たしくて抵抗した。 「こら、狭いのだからあまり暴れてはいけないよ?」 狭い車内での抵抗なんて効果はない。 簡単に両手首を捕まえられて封じられた。 「いきなりこんな事するお前が悪い。分かったから退けって…」 「今日は一日中我慢していたのだよ?今朝はもう少し余韻に浸っていたかった。触れていたかった。昨夜よりも激しく君を乱して、愛してあげたかった。」 「バッ…変な言い方するな!」 八神の指先が俺の頬を撫でて、そこが熱くなるのを感じた。 「おかしな事ではないよ。その為に俺は今日一日モヤモヤとしてしまったのだから。」 「だからってこんなところで盛るな!」 「君が可愛らしいから仕方がない。俺を意識しているにも関わらず必死に隠そうとしている姿がとても愛おしい。」 「意識だと?そんなもんしてるわけないだろ!」 「では無意識なのだね?そうならば尚更可愛らしい…」 八神が言っている意味が分からなかった。 今更意識なんてするわけがない。 「先程から君は俺の目を見ようとしない。すぐにそらされてしまう。これは、意識をしているという事だよね?」 「…知らない。」 「蹴人、俺の目を見て?」 「…ッ…クソ…」 この甘い声にはどうしたって逆らえない。 俺は仕方なく八神を見つめた。 一度合った目はもうそらせない。 捕らえられて吸い込まれるような感覚に襲われた。 「いい子だね…」 そう言って八神は俺の瞼にキスをした。

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