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第2話

翌日、俺は某ホテルの一室を貸し切り行われた会議に出席していた。 俺にはなんの利益にもならない、時間を無駄にするだけのつまらない会議だ。 2時間程閉じ込められた会議室から一刻も早く出たかったが、年配者が多い。 俺が我先にと出る訳にはいかない。 酸素の薄い… 頭痛がする… 二、三人になったところで、ようやく会議室を出た。 「お疲れ様でした、社長。」 「君の方が疲れたのではないかい?三枝さん。」 「いえ。とても勉強になりました。」 俺には椅子が与えられていたが、三枝さんは2時間も立ちっぱなしでいた。 初めての海外出張… 他社の視察に、会議、パーティーと連れ回されただけではなく、俺への気遣い… 彼女の心労を考えれば、俺の疲れなど大した事はない。 俺はロビーのソファーに腰を下ろした。 「社長、お薬を飲まれますか?」 「折戸に言われたのかい?」 「はい。会議後は頭痛を起こす事が多いと聞いています。」 「薬は必要ないよ。しかし、離れていても抜かり無しとは、折戸らしいね。」 「折戸さんには敵いませんよ。私では社長の変化には気付けませんから…」 「彼とは、付き合いが長いからね。」 「少し乾燥していますから、喉を潤した方が良いと思います。私はお水をいただいて参ります。」 三枝さんは軽く頭を下げて、場を離れた。 俺はこのような部分まで三枝さんに助けられている。 わざわざ頭を下げたのは俺の為だ。 あえて頭を下げた。 俺が命じているように見えるからだ。 俺の威厳を守ったのだ。 折戸に似てきて思わず苦笑した。 三枝さんの背中を見送っている時であった。 誰かに肩を叩かれ、振り向いた先に居たのは俺が苦手とする人物だった。 「八神社長、ようやく会えた。」 「音羽社長…」 音羽浩一(おとわこういち) 。 我が社の社員の不手際を理由に俺を呼び出す取引先の社長だ。 今回の会議に彼が参加している事は知っていた。 その事を折戸が一番危惧していた。 この忙しいスケジュールでは、顔を合わせる事などないと思っていた。 「八神社長は忙しいから今回は会えないかと思っていたよ。」 「音羽社長も、お忙しいのでは?」 「そんな事はないさ。貴方に比べたら俺なんて石コロみたいなものだ。」 肩をベタベタと触る手… 舐め回すような視線… 気持ちが悪い… 「…音羽社長、私の電話番号の出処はどこです?」 「ほう、これはまた随分と唐突だ。」 「はぐらかさないでください。次にお会いした時に伺おうと思っていました。…困っています。」 俺の電話番号を探し当て、毎晩のように電話をかけてくる。 出張中はかかっては来なかった為、このまま会わずに済むもねだと思っていた俺が甘かったのだ。 「わざと困らせているんだ。それに、俺はしびれを切らした貴方が会いに来るのを待っていたんだけどね。」 「…」 「八神社長は仕事以外では会ってくれないからな。少し強引に進めなければと思ってさ。」 「何を言って…」 音羽社長は実を屈めた。 そして、俺の耳元で囁いた。 「今夜、上のバーで待っているよ、八神社長。」 「…私は…」 「来てくれるなら、もう電話はかけない。」 「…お約束、ですよ?」 音羽社長はひらひらと手を振り、行ってしまった。 疲れた… 音羽社長と接する事は疲れる… あの人と似ている… 性格や風貌が、というわけではない。 俺に強いダメージを与えるところ… そっくりだ。 「社長、お待たせ致しました。」 気づくと視界にはピンヒール… 顔を上げると三枝さんと目が合った。 三枝は軽く頭を下げた。 「三枝さん、ありがとう。」 三枝さんからペットボトルを受け取った。 「いえ。」 「本当は、とても喉が渇いていたのだよ。」 「そうですか、それは良かったです。」 三枝さんは少し安心したような表情を見せた。 音羽社長との事を話した方が良いだろうか… そのようにも思ったけれど、これ以上心配や迷惑をかけたくはなかった。 折戸は何かがあればすぐに連絡をと言っていたが、いつまでも甘えているわけにはいかない。 この事は、俺が自ら対処しなくてはならない事だ。 俺は冷えた水で喉を潤した。

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