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第3話
まだ肩に触触れられた感覚が残っている。
とても不快だ。
「三枝さん、この後のスケジュールを教えてもらえるかい?」
三枝さんが手帳を開いた。
そして、少し困ったように俺を見た。
「…一時間くらいでしたらお休みいただけるかと。」
「一時間か…それならば休憩を入れずにこのままこなしてしまった方が良さそうだね。」
「…お役に立てず、すみません…」
折戸ならばこの後の予定をつらつらと述べるだろう。
しかし、三枝さんはそのようにはしなかった。
それは彼女なりの気遣いなのだろう。
「三枝さんが謝る事ではないよ。」
「…しかし、こんな時折戸さんなら…」
「俺は三枝さんに折戸のよいおな仕事を求めてはいないよ。折戸は折戸、君は君だ。三枝さんは、折戸には出来ない方法で、きちんと俺のサポートをしてくれているよ。」
「もったいないです。そんな言葉、折戸さんに叱られてしまいます。」
「折戸?折戸は三枝さんを叱るのかい?」
「あ、いえ、こちらの話です。」
三枝さんは相変わらず時々不思議な発言をする。
俺と折戸に関する事には特に敏感だ。
「そうかい?」
「えぇ。…社長、ゆっくり休む事は出来ませんが、移動の車内で仮眠をなさってください。目を瞑るだけでもだいぶ違いますから。」
「ありがとう。では、そのようさせてもらうよ。」
ソファーからゆっくりと立ち上がった。
駐車場直通のエレベーターに乗り込み、駐車してある車に乗り込む。
三枝さんは、折戸と同様に安全運転で安心して任せられる。
仮眠を取るよう
にという三枝さんの言葉に甘えて、目を伏せた。
その後、一ヶ所に一時間と滞在しないくらいに忙しいスケジュールをこなした。
疲れを見せれば三枝さんを心配させてしまう。
出来る限り疲れは隠した。
音羽社長との事は三枝さんに伝えるべきだろうか…
ギリギリまで悩んだ。
悩んだ結果、やはりこれは俺の問題であり、三枝さんを巻き込むわけにはいかないという結論に達した。
全てのスケジュールをこなし、三枝さんとはホテルのエントランスで別れた。
部屋に入ると室内は綺麗に清掃されていた。
落ち着かない…
毎日毎日、全てがリセットされた部屋に戻る…
この部屋は主に寝る為に帰るような部屋だ。
今思えば、今暮らしているあの家も蹴人に出会うまではそのような家だった。
流石にホテルのように、帰れば部屋が綺麗に清掃されているという事はないけれど…
何の思い入れもない部屋だった。
あの部屋が落ち着くと感じるようになったのは、大切な場所だと思うようになったのは、蹴人と過ごすようになってからだ。
最愛の人と時間を共有する…
ただそれだけの事が、こんなにも人に影響を与えるのだと俺は初めて知った。
早くあの家に帰りたい…
蹴人を抱きしめたい…
明後日になれば、帰国出来る…
明後日が待ち遠しい…
明後日と言わずに明日にも帰りたい…
いや、今日、今すぐにでも…
俺はスーツを脱ぎながら明後日を待ち焦がれた。
その後、一度シャワーを浴びてから新しいシャツに袖を通した。
これから音羽社長に会わなくてはいけないというのに、流石に一日着た服で…という訳にはいかない。
ネクタイを締め、ジャケットを羽織った。
本当ならばこのまま寝てしまいたい…
音羽社長に会うという事は、疲れに行くようなものだ。
俺は大きな溜息と共に財布と鍵を片手に部屋を出た。
エレベーターに乗り込み、最上階のバーに向かった。
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