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第9話
俺は一睡も出来ぬまま朝を迎えた。
もう一度シャワーを浴び身支度を整えた。
そしてノック音を聞いた。
三枝さんかと思い、扉を開くと意外な人物が立っていた。
音羽社長の秘書だ。
思い出したくもなかったが、彼に罪はない。
俺は彼を部屋に招き入れた。
「この度は社長が大変失礼を致しました。」
そして丁寧に頭を下げた。
「音羽社長はいかがしていますか?」
「魔が差した…と申しております。」
「…そうですか。」
「あの…」
「…」
「…薫子…あ、いえ…あの…秘書の三枝さんは大丈夫ですか?」
「えぇ、少し動揺はしていましたけれどね…」
彼は三枝さんを薫子と呼んだ。
親しい仲なのだろうか。
「三枝さんとは幼なじみで、彼女と会っていた時に席を外した瞬間携帯から八神社長の携帯の番号を調べました。そして、今回も…」
「…」
「八神社長がどうなるか承知の上で、薫子を誘い出しました。」
「そう…」
「私が悪いんです!社長を止めようと思えば止める事が出来たにも関わらず…。あの方は決して悪い方ではないです。嫌いにならないで下さいとは申しません。ただ…」
「…音羽社長には、これからもよろしくお願い致しますとお伝え下さい。もちろんビジネス上でのお話です。当社にとっては大切な取引先…失うわけにはいかないので…と。」
「承知致しました。」
彼は再度頭を下げて部屋から出て行った。
多分、彼は音羽社長を…
そのような事に疎い俺にも分かる程に強い思いを抱いている。
その気持ちは少し分かる気もする。
周りが見えなくなる程の思い…
再度ノック音がした。
扉を開くと今度は三枝さんが立っていた。
「おはようございます。」
普段通りのキリッとした三枝さんで安心した。
「おはよう、三枝さん。エアチケットは手配できているから安心してよいよ。」
「はい、ありがとうございます。昨日は取り乱してしまって…」
「三枝さん、昨日の話は止めよう。それよりも朝食は済ませたかい?」
「いえ、まだですが。」
「そう。丁度良かった。俺もまだなのでね、ルームサービスで済ませようか。俺の分と君の分、適当に頼んでおいてくれるかい?」
三枝さんにそうお願いをし、俺はスマートフォンを片手にバルコニーに出た。
コールした相手は折戸だ。
「もしもし折戸?」
「もしもしじゃないですよ!馬鹿なんですか、貴方は!!私があれ程忠告していたというのに!!」
スマートフォンから耳を離したくなる程の声で怒鳴られた。
どうやら昨日の話は折戸の耳に入っているようだ。
「…うん、ごめんね、折戸。俺が甘かったよ。折戸と三枝さんに迷惑かけまいと思ったのだけれどね…」
「…やめて下さいよ。貴方がそうして変な気を回す時は決まって裏目に出るのですから…」
「ふふ、決まってしまっているのかい?」
「はい。だから貴方は大人しく甘えていればいいのですよ。下手に動かれる方が迷惑しますから。」
「相変わらず、酷いなぁ、折戸は。」
折戸の声は俺を安心させた。
俺には、この男が…
折戸壱矢が必要だ。
そう再確認させられた。
「…心配しました。」
「うん…」
「すぐにでも駆け付けたい程…心配しました…」
「うん、ごめんね、心配をかけてしまって…」
「早く戻って、私を安心させて下さい…」
「一日早いけれど、今日のお昼過ぎ着のチケットを手配したよ。」
「では、迎えに行きます。この目で貴方を見るまでは安心できませんから。」
「相変わらず、心配性だね。」
「貴方のせいですよ、私の心配癖は。」
「世話の焼ける上司でごめんね…」
「上司である前に、貴方は私の大切な友人です。」
「うん、そうだね。では、また後程。」
「はい、お気を付けて。」
俺はスマートフォンを切り部屋に戻った。
少し長く話し過ぎてしまったらしく、三枝さんが頼んでくれた朝食は既にセッティングされていた。
「待たせてしまって悪かったね。」
「いえ、先程来たところですから。」
「先に食べていてもよかったのに。」
「そうはいきませんよ。」
「そうかい?」
「はい。」
「では、食べようか。」
席に座り、三枝さんと朝食を摂った。
そして、ホテルを出て空港へ向かった。
飛行機に乗り込むと一睡もしていない事と、今迄の疲れに襲われて眠ってしまった。
機内でだいぶ眠れたせいか、日本に着いた頃には身体が軽くなった気がした。
そして、迎えに来た折戸の車に乗り込み、一度会社へと向かった。
やはり一日の大半を過ごすこの場所は落ち着く…
俺の椅子に深々と座り、そのような事を思った。
「明日からは、また頑張ってもらわないといけませんよ。会社に居なかった分、仕事が溜まっていますので。」
「仕事をして来たというのになぜ仕事がたまるのだい?」
「子どもみたいな事を言うのは止めて下さいよ。それよりも、由莉亜さんから連絡がありましたよ。」
「由莉亜からかい?」
「はい。リサイタルで日本に来ると言っていました。」
「…由莉亜か。俺は今、とても嫌な気がして仕方がないよ…」
「えぇ、私もです…」
折戸と二人で溜息を重ねた。
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