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第11話

返答はない。 お帰りと言ってもらおうだなんて高望みだ。 「…ッ」 きっと彼は、俺を待ってなどいなかった。 だから、俺はなにも求めていなかったという事してしまえばよい。 なぜか蹴人は意味ありげに視線をそらした。 「どうしたのだい?蹴人。」 それならば俺は余裕を装えばよい。 いつもと変わらぬ声で… いつもと同じように指先で頬を擽り… 装えばよい。 「…」 「なにかあったのかい?今にも泣き出してしまいそうな顔をしているね…」 それなのに… 俺は必死で余裕を装おっているのに… そらされた蹴人の瞳が揺れている。 「…」 「…淋しかったのかい?」 理解はしている。 蹴人が淋しいなどと口にしない事くらい… 「…そんな訳…ないだろ…」 ただ、何らかの反応を返してくれるだけでよいのだ。 それだけで、俺は満足なのだから… 「本当に、君は可愛らしいね。」 憎らしい程に… 「…可愛い訳…ないだろ…」 「…」 「帰ろうか?…」 「…あぁ。」 俺はそう言い、助手席のドアを開いた。 蹴人の帰る家は俺の家ではない。 蹴人には蹴人の家があるのだ。 それなのにも関わらず、勝手な俺の言葉に応じて、助手席に乗り込んでくれた。 普段は素直でないのに、このような時ばかり素直な蹴人は狡い… だから、俺は加減が分からなくなる… 以前新見君に言われた事がある。 あまり蹴人を追い込むなと… 強そうに見えて、とても臆病なのだと… たまには突き放す事も大切であると… 甘やかす事は、時に臆病な人間を追い詰める事もあるのだと… 俺は運転席に乗り込み、シートベルトをすると車を出した。 「俺が居ない間、君は自宅に居たのかい?」 「あぁ…」 「そう…合鍵は一度も?」 「あぁ…」 「玄関を開いた時に、君が待っていてくれているかもしれないと少し期待していたのだけれど、高望みしすぎてしまったみたいだね。」 「…ッ」 蹴人は困惑しているように思えた。 俺は、求めすぎているのだろうか… こうして蹴人を追い詰めているのだろうか… その後、会話は途切れた。 「蹴人、着いたよ?」 「あぁ、悪い。」 「考え事かい?とても難しそうな顔をしていたよ。」 シートベルトを外しながら蹴人に声をかけた。 蹴人は心ここに在らずといったように難しい顔をして遠くを見ていた。 「別に、なんでもない。」 蹴人は先に車から降りるとエレベーターホールへと歩き出し、俺はリモコンキーで車にロックをかけつつ、それを追った。

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