部屋にバイブ音が響いた。 音を立てたのは俺のスマートフォンだ。 電話の主に心当たりがある。 あの人だ… 「…」 ソファーに置いていたスマートフォンを手に取り、画面を見る。 着信相手は、思っていた通り、音羽社長だった。 「蹴人ごめんね、少し外すよ。」 俺は蹴人にそのように伝え、バルコニーに出て画面をタップした。 「はい。」 ーーー こんばんは。あの出張以来だな。…出てもらえるとは思っていなかった。 「そうですか？出ない理由などないと思いますが。」 ーーー 秘書にな、とても怒られた。俺としても、あそこまでするつもりはなかったんだ。 「薬まで使っておいてですか？」 自然と表情が険しくなっていく。 けれど、声色には出さない。 ーーー そう言われても仕方がないな。…初めて八神社長を見かけた時からずっと想っていたんだ。 「先にそのように言ってくだされば…」 実際、言われたところで俺はその気持ちには応える事ができない。 ーーー 先に伝えていれば受け入れてくれたのか？ 「いえ、丁重にお断りができたという事です。もしも、先に伝えていただけたのならば、音羽社長と私はもう少し違った関係が築けていたのかもしれませんね。例えば、時間が空いた日に食事やお酒を楽しむ友人くらいにはなれていたかもしれません。」 ーーー そうか…。俺はとんでもない間違いをしたという事か… 「えぇ。」 伝えていたのならば、もう少し違った関係を築けたかもしれない… 全くその通りだ。 もしも、あのような形ではなく、気持ちを伝える事から関係が始まっていたのならば、こんなにも不安を感じる事はなかったのかもしれない。 俺は、人生で始めて大きな間違いを冒した… 俺も音羽社長と変わらない。 とても責められたものじゃない。 ーーーすまなかった… 「許しません。」 ーーー … 「まずは、私のスマートフォンの番号を消去してください。」 ーーー 分かった。 「私は、音羽社長とビジネス以外での関係を築くつもりはありません。」 ーーー 意外とキツい事を言うんだな。 「あの行為を簡単に許せる程大人ではないですよ。けれど、良かったではありませんか？」 ーーー 良かった？ 「えぇ。貴方は私の仮面を剥がしたがっていたではありませんか。少なくとも、あの日私は酷く動揺していました。その時点で、貴方の目的は達成されたのでは？」 ーーー 益々惚れてしまいそうだ。 「困りますよ、音羽社長。」 ーーー 想いを寄せるのは自由だろ？ 「…ではその事に関しては認めます。切ってもよいでしょうか？立て込んでいるものですから。」 ーーー すまなかった…。これからは秘書室を通して連絡をする事にしよう。 「それでは。」 俺は画面をタップし、通話を切り、小さく溜息をついた。 想いを寄せる事は自由… 認めないわけにはいかなかった。 もしも認めずにいたら、俺自身が、蹴人への想いを否定する事になると、そのように感じた。