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第21話
部屋に戻り、窓を閉めて施錠した。
「…ごめんね、待たせてしまったね。」
蹴人を前に、先程までの険しい気持ちは消えていた。
驚く程に穏やかな気持ちになれた。
「別に待ってない…」
本人は気付いていないのだろうけれど、足元が苛立ちを隠せていない。
「ふふ、君は本当に、可愛らしいね。」
これをどのように捉えるのかは俺の自由だ。
「何だ、その頭悪い発言…」
「そうかい?そのままを口にしたのだけれど。」
蹴人の発言に同感し、苦笑した。
俺は、蹴人に対していくらでも馬鹿になれるのだろう。
「…お前、マジで社長なのか?実は折戸さんのダミーとかじゃないか?」
「…折戸のダミーか…なれるものならなってみたいけれどね。」
やはり俺は頼りなく思われているらしい。
仕方のない事だ。
蹴人に対して俺は情けない姿しか晒していないのだから…
隣に座ると蹴人の太腿に手を置いた。
「なんだ…」
特にそのようなつもりはなかったのだけれど、蹴人が緊張した様子で身体を強張らせた。
蹴人は勘違いをしている。
そういった意味合いで蹴人に触れる時の反応に似ている。
慣れる事もなく初々しい反応を示す蹴人はとても可愛らしい…
思わず口元が緩んでしまう。
勘違いしているのならばそれはそれで構わない。
むしろ…
有り難いくらいだ。
「分かっているのだよね?…」
「…分かってなんてない。 」
「そうかい?それならば…分からせてあげないといけないね…」
蹴人の太腿に置いた手を内腿へと滑らせて撫でると蹴人の力が抜けた。
先へ進めようとした時、インターフォンが音を立てた。
舌打ちでもしたくなるような気分だ。
なぜ俺の邪魔ばかりする…
折戸が頭に過ぎったが、折戸はインターフォンを押したりなどはしない。
折戸以外でこの場所を知っている人物…
蹴人と家族…
そして…
由莉亜 …
俺は折戸の言葉を思い出していた。
「おい、出ないのか?…」
蹴人と居る時に由莉亜と会いたくはない。
嫌な予感がする。
何度もしつこく鳴り響く。
観念した俺は深い溜息と共に立ち上がった。
「蹴人、少しの間此処で待っておいで。すぐに戻るから…」
そう言うと軽く蹴人の髪を撫でて玄関へ向かった。
なぜ…
なぜ邪魔をする…
俺はただ、蹴人との時間を楽しみたいだけなのに…
俺は内心苛立っていた。
このしつこさは由莉亜に違いない。
こんな事ならば、折戸から聞かされた時に連絡を取っておくべきだった。
扉を開けるとやはりそこには由莉亜が立っていた。
その後ろには当然の事ながら、執事の向井君も居た。
「総一郎、遅いじゃないの。」
腕組みをし、仁王立ちの由莉亜は不機嫌な様子だ。
「久しぶりに会ったというのに第一声がそれなのかい?」
「総一郎が悪いのよ?連絡をくれないのだもの。私、壱矢さんに伝えておいたのだけれど。」
「ごめんね、帰国したばかりで後回しにしてしまったのだよ」
「あら、出張だったの?」
「そうだよ。明日にでも連絡しようと思っていたところだよ。」
よくも言えたものだ。
今まですっかり由莉亜の存在など忘れていた。
「あら、お疲れの割には明らかに総一郎のものではない靴があるのだけれど?…壱矢さんの靴にも見えないわね。」
「由莉亜、悪いのだけれど今日は…」
「疲れ果てているの。上がらせてもらうわよ、総一郎。」
こうなっては由莉亜は聞く耳を持たない。
案の定、部屋に上がり込んでしまった。
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