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第23話
由莉亜は蹴人に興味津々といった様子だ。
「黒木さんと仰ったかしら?…総一郎のお友達にしては…」
俺と蹴人が釣り合わないと言われているような気分だ。
好意を持って見ている訳ではないという事は理解している。
けれど、俺の目の前であまりジロジロと見られる事は気に入らない。
「由莉亜、あまり彼をジロジロと見るないでくれないかな。彼が緊張してしまうよ。」
大人気ないと分かっていつつも、由莉亜から隠すように蹴人の腕を掴み引き寄せた。
「あらあら、随分と仲がよろしいのね。」
しかし、その事を拒否するかのように蹴人は俺から離れていってしまった。
「あー…なんかいつもこんな調子で…深い意味は…」
「まぁ、総一郎が?」
「そうなんですよ。ホント、困ってます。」
蹴人と目が合ったが、俺はその目をあえてそらした。
これ以上、蹴人と由莉亜の話を聞いていたくはない。
「…由莉亜、申し訳ないけれど、やはり今日はこのまま帰ってもらえないだろうか…」
「本当にどうしたというの?今日の貴方、少しおかしいのではなくて?いつもは感激してくれるじゃないの。」
「彼と大切な話があるのでね…お願いだよ、由莉亜。」
「それは、久し振りに会った婚約者の私とのお話よりも大切なのかしら?」
婚約者…
けれど、俺も由莉亜も全くそういった気はない。
いや、正確に言えば今は…と言った方が正しい。
過去にお互いを意識し合った事がある。
由莉亜は俺が知る限り、母の次くらいに綺麗な女性だと思っている。
少し悪戯好きで子どものようにやんちゃである事以外は完璧である。
惹かれない理由はなかった。
君島の叔父様とあの人の策略に流されるかのように交際を始めたが、お互いに気付いてしまった。
大切な存在であり、とても愛してはいたけれど、その感情は恋人に向けるものではなかった。
友人とも違う…
どちらかと言えば、家族に向けるような愛情に似ていた。
その後、俺と由莉亜は別れ、由莉亜は君島の叔父様に反発するような形で海外へ行ってしまった。
それから数年、君島の叔父様の会社が傾き始めた。
その時点で、君島の家はあの人の眼中にはないのだ。
もしも、由莉亜と結婚したとしても、あの人が君島の叔父様の会社を立て直す資金を出すとも思えない。
俺も由莉亜も気付いている。
しかし、君島の叔父様は一人その事に気付かず、期待している。
今回由莉亜が帰ってきた理由は、日本でリサイタルが開催されるという事もあるけれど、君島の叔父様にその旨を伝え、婚約を解消するといった目的もあるのだ。
由莉亜はとても楽しげだ。
俺と蹴人の関係に、気付いている。
「お嬢様。総一郎様の都合も伺わずに来てしまったので今日のところは出直しましょう。」
「悪いね、向井くん。後日改めて連絡するよ。」
「部屋も予め抑えてありますのでご心配なく。それでは失礼致します。…さぁお嬢様、参りますよ。」
向井君が頭を下げると、気を利かせ由莉亜の肩に手を回し、押すように部屋を出て行った。
扉が閉まる音を聞くまでの間、俺も蹴人も言葉を発する事がなかった。
「…蹴人、先程の発言はどういうつもりだい?」
先に無言に堪えられなくなったのは俺だ。
今言葉を発する事は危険だという事くらい分かっている…
分かってはいるけれど、止める事など不可能だった。
「どういうって、俺はお前の為に…」
俺の為…
その言葉に眩暈を覚えた。
望んでいない…
友人などと言われる事を…
俺は望んでいない…
俺の立場を考えてそのように言ったという事くらい分かっている。
けれど…
「俺の為…ね。俺はそのような事は望んでいなかったのだけれどね。…本当に俺の為だったのかな?…」
分かっていて受け入れられない俺は…
子どもだ。
俺はソファーに浅く腰をかけ蹴人を見上げた。
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