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第26話

蹴人を自ら手放して数日… 自分から距離を置こう決め、蹴人を突き放しておきながらその言葉の重さに押し潰されそうだ。 結局、深手を負ったのは俺の方だった。 まさしく自爆… 俺は自分の未熟さと、酷い喪失感に襲われていた。 蹴人は今頃せいせいしているのかもしれない。 「…いい加減辛気臭い溜息はやめてくださいよ。こちらまで辛気臭くなりそうです。」 「…溜息?」 「貴方気付いていないんですか?先程から数えきれない程溜息をついていますよ。」 「嫌だな折戸。そのような冗談を言って。」 「私が冗談を言うとでも思ってるのですか、貴方は。」 「…これは困ったね、重症だ…」 「困ったのはこちらですよ、まったく…」 「…ごめんね…」 思わず苦笑してしまった。 「ちょっと、社長ッ!?」 「え?」 何故か折戸が慌てていた。 折戸の視線を辿ると机が藍色に染まっていた。 「インク、溢れてます!」 「わ、ごめんッ…」 まさかの事態に慌ててしまったせいか、そのような事をしても汚れが落ちる訳もないと分かっている筈の書類を振るった。 「ちょっと!何をしているんですか、貴方は!!」 結果、余計に被害が拡大しただけだった。 飛び散ったインクが白いYシャツを汚していた。 「本当に申し訳ない…何をしているのだろう、俺は…」 「とりあえず貴方はそこにでも座っていてください。ここに居られては余計に被害が広がるので。」 折戸の言葉に納得して俺はソファーに腰をかけた。 その間も溜息だけが繰り返された。 その度に掃除をしてくれている折戸に睨まれ、更に憂鬱な気分になった。 「…折戸、俺は新見君を恨んでしまいそうだ。」 「颯斗君を恨むなんて御門違いもいいところですよ。間に受けた貴方が悪い。」 「理解してはいるのだよ。確実に俺が悪いのだと…。あまりに未熟な言動であったと…」 「公私混同は困ります。」 「そうだね…」 まったくもって折戸の言う通りだ。 社会人として… ましてやトップに立つ人間としてあるまじき事だ。 「とりあえず…着替えが必要ですね。」 「今日は何か大切な予定が入っていたかい?」 「特には…。ただ、ここ数日の貴方はとても見ていられない。だからせめて服装だけでもしっかりとしてくださいよ。」 「…そうだね。」 「Yシャツは私が買ってきますから、貴方は大人しくしていてください。」 「君の言う通りにするよ。今の俺は判断が鈍っているし、何をしても上手くはいかない。」 「えぇ、それが正解だと思いますよ。」 そう言うと掃除を終えた折戸は出て行った。 その後も俺から漏れるのは溜息ばかりだった。 暫くすると扉を叩く音が聞こえた。 顔を上げると扉が開き、そこには三枝さんが立っていた。 「三枝さん、どうしたの?」 「一階ロビーにお客様が見えています。」 「今日は何もないと折戸が言っていたけれど…」 「アポ無しではありますけれど、君島と言えば伝わると…」 「…そう、お通しして。」 「承知しました。」 「ありがとうね、三枝さん…」 由莉亜か… 連絡を入れると言ったままだった事を思い出した。 痺れを切らしてやって来たのだろう。 先日のリサイタルは鑑賞したけれど、楽屋には顔を出さずに花だけを預けて帰ってしまった。 その件に関しても文句の一つや二つ言われるのだろう。 俺は先程とは別の意味合いの溜息を漏らした。

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