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第31話

蹴人… なぜ… 「…き…嫌いじゃ…ない…嫌いじゃないから…だから…帰って来い…ッ…」 扉に強く手を叩きつけながら… 自分を痛めつけるかのように… とても見てはいられなかった。 愛おしい人が傷付く姿を見ていられるはずがない。 なによりも蹴人が口にした言葉… 本当に狡い子だ… 俺は、こちらに気付かない蹴人に近寄り後ろからそっと抱きしめた。 「…本当に君は酷いね。そのような可愛らしい言葉を俺ではなく、扉に言うなんて…この扉にさえ、嫉妬してしまいそうだよ…」 「…バカ野郎…」 「先程の可愛らしい言葉は、俺へのものだと解釈しても構わないかい?…それとも、俺は自惚れている?」 「お前なんて、いつも自惚れてるだろう…」 「少し、自信をなくしてしまっていたのでね…。困ったね…嬉しくて、俺も泣いてしまいそうだ…」 「この、駄社長が…」 「蹴人、黙って…」 「…ッ…」 「…君は俺になにを伝えようとしていたのだい?」 「お前、どこから聞いてた。」 「…蹴人、聞かせて?」 「だから、俺はお前が………す…」 「うん?…」 「…」 「…」 「………嫌い…じゃ…ない…」 素直でないその言葉は、あまりに蹴人らしい。 その言葉が、俺を好だと言っているように聞こえた俺自身に笑ってしまった。 涙が出てしまう程に嬉しい筈なのに、何故だか俺は笑っている。 「その言葉、君らしくてとても好きだよ。…嬉しい…」 「…ホント、バカなヤツ…」 「こっち…こちらを向いて?蹴人…」 「嫌だ…」 「どうしてだい?…」 「…ダサい顔…してる…」 「見たいな…見せて?…でないと、強引にでも向かせるよ?」 可愛らしい顔も、情けない顔も… 蹴人の表情ならば全て見ていたい。 仕方ないといったように振り返った蹴人と目が合った。 「…あんまり、見るな…」 その表情はこちらまで恥ずかしくなってしまいそうな程に可愛らしい… 「そのお願いは、聞き入れられないかな…凄く可愛らしい…」 「…可愛いとか、言うな。ホントバカ…」 「目が赤いね…」 俺を思って泣いてくれたのであろう目が充血していて、目の周りも赤くなっていた。 それを労わるように瞼にキスを落とした。 そして、強く扉を叩いて赤くなったのであろう手を取り、その場所にも… 「止めろ、それ…」 「蹴人、次に俺の知らない場所で泣いたり、怪我をしたりしたら、許さないから…」 それらは俺のせいだ。 俺が泣かせてしまった。 俺が怪我をさせてしまった。 許されないのは俺の方だ。 そう理解をしていたとしても、俺の知らない場所で… 例え俺のせいだとしても… 許せない。 「怪我って…少し赤くなっただけだろ。大袈裟だ。」 「駄目。…蹴人、返事は?」 「…分かった…」 「いい子…」 そしてゆっくりとキスをした。 唇が冷えている。 どれ程前から… 「…ッ…」 蹴人を抱き上げてそのまま寝室へ向かった。 蹴人に抵抗はない。 そうなる事が当たり前のように、蹴人を組み敷いた。

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