254 / 270

第39話

重みを感じて目が覚めた。 俺はあの後眠ってしまったようだ。 日差しが射し込んだ部屋は明るかった。 そして、俺は重みの正体に驚いた。 俺の上で蹴人が眠っていたからだ。 ずっとこうして眠っていたのだろうか。 惜しい事をした… こんなにも可愛らしい事をしてくれていただなんて… その重みが愛おしい… 顔に触れる猫っ毛すらも愛おしい… 俺は今この瞬間に幸せを覚えた。 蹴人を撫でながら時計を見ると朝の8時を回っていた。 由莉亜の見送りをするのであればそろそろ起きなくてはならない。 俺は名残惜しいけれど蹴人を起こさないようにゆっくりと静かに蹴人を寝かせ直した。 そして、寝室を出るとシャワーを浴び、バスローブを身に付け、頭を拭きながら寝室へ戻った。 もう少し蹴人の可愛らしい寝顔を見ていたい。 ベッド端に座るとベッドが軋んだ。 「…蹴人…愛しているよ…とても…」 頬を撫でると蹴人の口元から小さな息が漏れた。 「…蹴人…きちんと君に届いているかい?…俺の声…俺の気持ち…蹴人…愛している…届いていてもいなくても…俺は一生囁き続けるよ…ねぇ蹴人…愛しているよ…」 唇をそっと撫でた。 キスをしたい気持ちを抑えながら… 名残惜しい気持ちを抱えながらベッドから離れ着替え始めた。 「ッ…」 丁度ネクタイを締めている頃に蹴人が起きる気配を感じた。 「蹴人、起きたのかい?」 「…ん、あぁ。」 「おはよう。」 ネクタイを締め終えて蹴人に近付きベッド端に座った。 「…あぁ、おはよ。」 蹴人の頬に触れ、我慢をしていたキスを俺はようやくする事が出来た。 毎日のように朝はおはようと言い、夜はおやすみと言い合いたい。 可愛らしい寝顔を朝も晩も見つめていたい。 しかし、それは叶わない。 「もう少し休んでいても良かったのに…」 蹴人の前髪に触れながらそう囁いた。 「…どこかに行くのか?」 まさか、そのような事を聞かれるとは思わなかった。 俺の行動には無関心だと思っていたからだ。 「昨夜も話したけれど、由莉亜の見送りにね。」 「そういえば、そんな事言ってたな…」 「君も行くかい?」 「俺はいい、お前が手加減知らずなせいで動けない。」 「…その返事は少し残念だな。」 「は?」 「行かないでほしいって言ってもらえるのではないかと、少し期待をしていたからね。」 言ってもらえる訳がない。 昨夜の事はただの蹴人の気まぐれ… 期待してはいけない。 分かっていながら口にするなど、どこまでも女々しい… 「…言ったら…行かないのか?」 「行かないよ。君が望むならば。」 「…ッ」 蹴人が俺のワイシャツの裾を握った。 ただそれだけの行動… どうしたものか、気を抜けば泣いてしまいそうだ。 その行動だけでも俺には十分伝わる。 言葉など必要ない。 「…うん、分かった。行かない。君の側に居るよ。」 俺は小さく笑い、再度蹴人の前髪に触れるとどこか安心したようにワイシャツを握っていた手を離した。 前髪に触れていた手をスルリと動かし、軽く頬を撫でると蹴人が俺を見上げた。 「お前は、俺に甘い…」 今更の事だ。 俺は、常に蹴人には甘いのだから… 「どうやら俺は、好きな子の事は存分に甘やかさないと気が済まないみたいなのでね。」 「重い。」 「ふふ、酷いなぁ。…もう少し寝ていなさい、俺は朝食の用意をしてくるよ。」 「側に…」 「え?」 「側に居るんじゃないのか?…」 耳を疑った。 俺が蹴人の言葉を聞き誤る事などあり得ない。 今迄見た事のない蹴人の言動に胸は高鳴り続けている。 「居るよ。今日は一日中、君の側に居る。」 「じゃぁ…どこにも…」 「うん?」 「…行くな。」 あぁ… 俺の思考回路はショート寸前だ… 困ったものだ。 「蹴人、あまり可愛らしい事を言うのは反則だよ。」 「知るか、そんなの。…ずっと側に居るんだろ?…来いよ…」 「しかし、シャツが皺になってしまうよ。」 「脱げばいいだろ、そんなもの…」 「ふふ、そうだね。」 「…一応言っとくが、ヤらないからな。」 「分かっているよ。」 緩めたネクタイを床に落とし、シャツのボタンを外しながらベッドへ上がると蹴人の体温で程良く温まった掛け布団の中に入る。 腰を落とす位置を間違えたのだろう、たっぷりと被ってしまい、掛け布団から顔を出すまでに少し時間が掛かった。 蹴人の笑い声がする。 「お前、それ最高。今度どっかで披露したらどうだ?潜り芸。八神社長のご乱心だと慌てたまくるだろうな。」 「こら、からかわないの。」 からかわれた仕返しに後ろから抱き締める。 「…って、分かってるとか言いながら、甘勃ち擦り付けてくるな!」 「生理現象なのだから仕方がない事だよ。好きな子とこのようにして密着していたら、男であればこのようになってしまうよ。」 「別に誰にだって勃つだろ、生理現象なんだからな。」 「俺は蹴人にだけだよ…」 「…一生言ってろ、バカ。」 刺激されたのであれば、相手が蹴人でなくとも反応はするのだろう。 けれど、ただ抱き締めただけで反応するだなんて事は蹴人にだけだ。 その後の行為を期待してしまうのも、蹴人にだけ… 「…一生言ってろ、バカ。」 蹴人の項に唇を寄せて強く吸い上げた。 「…項のキスマークは、とても色っぽいね。」 「ッ…知るか!」 「君の全身が、俺の残した痕で埋まるくらいに、沢山残してあげるよ。」 俺のものであるという証… 俺以外誰も蹴人に触れる事のないように… 蹴人が何処に居ても何をしていても俺を感じられるように…

ともだちにシェアしよう!