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第45話
新見君は俺にアドバイスをしただけだ。
そして、俺がそのアドバイスの捉え方を間違えた。
「新見君が気の毒に思えてきたよ。」
「おい、くだらない事ばかり言ってないで手を動かせ。俺は腹が減った。」
「もうすぐ出来るから座って待っておいで。」
蹴人はソファーに腰を掛けた。
キッチンからソファーに座る蹴人を見るのが好きだ。
「お前は…」
「うん?」
「…俺のどこがそんなにいいんだ?」
ストレートで唐突な問いに俺の手元が狂いコンロに散らばった。
慌てて火を止め、フライパンを置いた。
「ケホケホ…ちょ、蹴人、なんなのだい、いきなり。…溢してしまったじゃないか、勿体無い…」
思わず噎せながら蹴人を見た。
「だっさ。」
「もう、酷いな君は。」
溢してしまった食材を拭き取った。
勿体無い事をしてしまった…
蹴人とのこう言った会話は俺をとても楽しい気持ちにさせた。
会話はコミュニケーションの一種だとしか認識していなかった俺が会話に表情を持たせ、楽しいと感じる日が来るだなんて、だいぶ変化したものだ。
「で、どうなんだ?」
「好きという気持ちに理由は必要なのかい?」
「…そういうの、俺はよく分からない。」
「うん。俺も…」
「は?」
「何故蹴人をこんなにも思っているのか…実は俺自身、あまり良く分からない。ただ、知らず知らずに君に惹かれてしまった。もちろん、今も惹かれているよ。新しい君を見つける度にときめいてしまう。離れている時も会いたくて、声が聞きたくて、求めてしまう。俺はね、多分だけれど、君しか見えなくなってしまったのだと思うよ。ごめんね、上手く説明ができなくて。」
「小っ恥ずかしいヤツ…」
きっかけは新見君のスマートフォンに残った写真…
写真の中の蹴人に一目惚れをして、実物の蹴人に出会って益々好きになった。
強引かつ一方的なものであったと思う。
その事を理解しているからこそ、俺は自信が持てずにいた。
俺を好きだと言ってくれた事は素直に嬉しい。
しかし、もしかすると俺が言わせてしまった言葉なのかもしれない。
俺が好きなのだと…
愛しているのだと…
そのように囁き過ぎて自分もそうであると錯覚を起こしてしまっているのではないかと…
よく考えてみると、ここまで遠回りをしてしまったのは全て俺のこの自信の無さが招いた事なのかもしれない。
蹴人から俺を突き放した事はない。
突き放すのはいつも俺の方だ。
そして、その溝を埋めようと歩み寄ったのはいつも蹴人だった。
今まで何故俺はそのような大切な事に気付かずにいたのだろう…
自信が持てずに殻に籠っていたのは俺の方だったというのに…
「これでは、納得出来ないかな?」
「いや、少し意外だった。」
「そうかい?」
「お前の事だから色々言ってくるかと思った。」
「言えるものならば、言いたいのだけれどね。」
俺が苦笑すると蹴人もつられるように苦笑した。
「俺も、説明なんて出来ない…」
「うん。それで構わないよ。それに、そういうものは後からついてくるのではないかな?」
「どういう意味だ?」
「蹴人に惹かれて、君の側に居るようになり、可愛らしい部分や素直でない部分を知った。惹かれてはいたけれど、見つめているだけでは気付けなかった君の一面だよ。そして、今日は君の新たな一面を知る事が出来た。そういった事は、これから先君と時間を共にする限りは、増えていくと思う。気持ちというものは、言葉にしてしまうと、とても薄っぺらいとは思わないかい?」
「なんかよく分からないけど、見つめているってなんの事だ?俺とお前ってあの時が初めてだろ?」
「…」
少し話し過ぎてしまった。
この事は俺だけの大切な思い出として心に留めておこうと思っていたと言うのに…
「おい、どういう事だ。」
「秘密だよ。忘れて?」
「はぁ?言え!吐け!」
「ダメだよ。秘密。」
写真の中の蹴人に抱いた恋心は俺だけのものだ。
蹴人は知らなくてもよい。
写真ではない実物の蹴人に愛を囁く俺だけを知っていればいいのだ。
この事に関して俺は秘密だとしか言わなかった。
そのような俺に、蹴人は諦めたのか以降はその話題には触れなくなった。
食事を済ませ、ゆっくりと穏やかな時間を過ごした。
ベッドに横になり、猫っ毛を撫でる…
そして、可愛らしい規則的な寝息を聞きながら目を伏せる…
俺は、蹴人を感じながら自然と眠りへ落ちていった。
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