262 / 270
第47話
今頃蹴人は俺の悪戯に気付いて怒っているに違いない。
戻った蹴人はどのような反応をするのだろう。
怒るだろうか…
呆れるだろうか…
暫くすると蹴人が戻ってきた。
「お前なぁ…」
「スッキリとしたかい?朝食が出来ているよ。」
「コレ、どうしてくれる。」
「これとは?」
「コレだ、コレ。」
蹴人が首筋の痕を見せて言う。
「まだ足らないのかい?…おいで、君の満足がゆくまで付けてあげるよ。」
「違う、そうじゃない。」
「…?」
「こんな隠せない場所に付けるなって話だ。」
「何故?」
「何故じゃない。こんなの付けて大学行けって言うのか?」
意外だった。
痕の事は怒ってはいないようだ。
何方かと言うとそれを残した場所に対して…
見えない場所ならば構わないと言う事だろうか。
そのように思うと嬉しくて仕方がない。
「ほら、おいで。今日は和食だよ。お味噌が冷めてしまうよ。」
「ったく、しょうがないヤツ…」
蹴人は呆れた口調で席に着いた。
その事を確認し俺も向かいの席に座った。
「さぁ、食べて。」
「いただきます。」
「召し上がれ。」
蹴人の食べっぷりを見ている事が好きだ。
自分が食べる事を忘れてしまうくらいに見つめてしまう。
いや、見ているだけでお腹がいっぱいになってしまう。
「食わないのか、お前は。」
「食べるよ。蹴人が食べている姿を見てからね。」
「お前なぁ…」
俺の発言に蹴人は溜息を漏らし、食べ始めた。
やはり俺は自分が食べる事を忘れてその姿み見つめていた。
多分蹴人もその視線に気付いているのだろう。
「蹴人、美味しいかい?」
「あぁ、安定の美味さだ。」
「良かった。蹴人、この煮物はね、自信作だよ。食べててほしいな。はい、あーん。」
まさか俺の手から食べてもらえるとは思わなかった。
当たり前のように口を開く蹴人に嬉しくなる。
「…うんまッ!超美味い!お前、社長止めて料理人になれ!!」
「そうかい?手によりを掛けて作った甲斐があったよ。…料理人?それはいい考えだね。」
「お前、そこは否定しろよ。」
「でも、そういうのは憧れるというか…。もしも選べるのだとしたら、俺はそちらの方を選びたいと思ってしまっただけだよ。」
「そんなもんは老後にすりゃいい。今の仕事を頑張って、それで引退したら料理人にでもなににでも好きなものになればいい。俺はカフェのマスターになるのが夢でな、こっちで就職して、資金稼いだら田舎に帰って、そこで店オープンさせるっていうのが今の目標。そこから先のビジョンはまだないけどな。」
蹴人にはしっかりとした目標があった。
敷かれたレールを踏み外す事なくこの歳まで歩んでしまった俺とは違う。
「素敵な夢だね。」
「そこに、お前を入れてやらんでもない。」
「え?」
「将来的に雇ってやらんでもない。」
「それは、将来の約束をしてくれるという事かい?」
俺のこの先の未来に蹴人は存在している。
蹴人も同じように思っていてくれた事が嬉しい。
蹴人の未来に俺が存在している事が嬉しい。
俺はこの人生で生まれて初めてレールをそれた。
それはつい最近の事だ。
黒木蹴人…
彼に恋をした。
もしも蹴人に出会わなければ俺は結婚でさえもあの人に従っていただろう。
俺が選んだこの道を歩むと言う事は絶対的な父に逆らう事を意味する。
俺の愛した人は男性であり、あの人とって何のメリットにもならない。
むしろデメリットと言うべきだろうか。
分かっている。
俺はそれでも蹴人を選んだ。
あの人の敷いた完璧なレールを捨て、蹴人を選んだ。
「…別に。」
「老後がとても楽しみになってきたよ。」
「バーカ、あと何年先の話だ。」
「二人でこのようにして、毎日を楽しく過ごしていたら、あっという間にやってくるよ。」
「あー甘ッ、飯が一気に甘くなった。ほら、バカ言ってないでとっとと食え。」
照れを隠すように言った蹴人の可愛らしさに思わず笑ってしまった。
ともだちにシェアしよう!