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第48話

その後、蹴人は朝食を見事に完食した。 蹴人の食べっぷりはやはり豪快だ。 蹴人をキッチンに立たせたくないだけれど、蹴人は何かをしなければ気が済まないらしくお皿洗いを任せる事にした。 とても危なっかしい手つきで心配だ。 俺は心配を引き摺りながら寝室に向かい身支度を整えた。 鏡で形を確認しながらネクタイを締めていると硝子の割れる嫌な音が聞こえ、慌ててリビングに行くと嫌な予感は的中していた。 蹴人は硝子の破片を拾おうとしたのか指を切っていた。 傷を手当てし、あまり酷い怪我でない事に安心したが念の為化膿止めは塗っておいた。 硝子の片付けをしながら蹴人を叱った。 割った事を叱っているわけではない。 勝手に怪我をする事は許さないと言っていたにも関わらずまた傷を作った事に対してだ。 蹴人のバイト先は従業員に食器洗いをさせないのだろうか。 もしくは、蹴人の不器用な姿にこれ以上は食器を割られてなるものかと食器洗いを禁じているのかもしれない。 思わず苦笑してしまった。 バタバタとしてしまったせいか、まだ時間があるにも関わらずそのままの勢いで家を出てしまった。 車を駅へと走らせながら腕時計を確認した。 「ねぇ蹴人。」 「ん?」 「少し早く出てしまったのでね、俺としてはもう少し君と居たいのだけれど、どうだろうか…」 「どうだろうかって…大学まで送って行きたいってストレートに言えばいいだろ。」 「そうだね、大学まで送って行きたい…です。」 「好きにしろ…」 「では、遠慮なく、お姫…」 「様じゃないからな。」 蹴人はエスパーなのだろうか… 最近俺の言わんとしている事が分かるらしく、言い終わる前に止められてしまう。 俺としては最後まで言いたいところだけれど、俺の気持ちが蹴人に通じているのだと思うとそれはそれで嬉しく感じる。 「酷いなぁ、最後まで言わせてよ。」 「嫌だ。俺は姫なんきじゃない。」 「蹴人は俺だけの可愛らしくて仕方のないお姫様だよ。」 「黙れ。」 「ふふ、本気なのだけれどね。」 赤信号の度に蹴人を引き寄せてキスをした。 いつ、誰に見られるかも分からない車内… 誰しもが自分の事で精一杯の朝の忙しい時間にわざわざ車内を注意深く見ている人なんて居る筈がない。 俺は躊躇する事なく唇はもちろん、顔中に甘やかすかのようにキスを落とした。 蹴人は嫌がる様子を見せなかった。 以前であれば怒って車を降りていたに違いない。 その変化が俺を嬉しくさせた。 「お前はホントに意味分からない。」 「どうしたのだい?いきなり。」 「俺はお前に振り回されっぱなしだ。」 「そのような事は俺も同じだよ。」 「は?俺がいつお前を振り回したって?」 「最初からずっとだよ。君は放っておくとすぐにフラフラと…」 「あ?誰がフラフラだ、誰が。」 「君だよ。少し放っておくとキスマークを付けているし、俺以外の男にキスをされているし…本当ならば永遠に俺の中に仕舞い込んでおきたいくらいだよ。」 「サラッと怖い事言うな。…つか、キスなんてお前以外とした事な…」 「…」 嘘をついても無駄だ。 俺はこの目で見たのだから… 自然と身体に力が入った。 そして俺の視線はいつしか前方ではなく蹴人を見ていた。 蹴人の表情を強張った。 「バカ!お前ブレーキ踏め!前見ろ!危ないッ!!」 「ッ…!!」 俺は蹴人の慌てた大きい声に急ブレーキをかけた。 車は凄い音を立てて止まった。 俺はあまりの事に吐き出す事を忘れていた息を吐き出し、蹴人からは安堵の溜息が漏れた。 「殺す気か!バカ!!」 「クソッ!」 俺はハンドルに手を叩きつけた。 たかがキスの一つで… そのような事が許せない自分の心の狭さが許せなかった。 余裕を無くし、嫉妬に狂ったように取り乱した。 好きな人の前で俺はなんて… なんて格好悪いのだろう… 「…八神のクセに、クソとか言うな。」 「…駄目なんだ、君の事になると…俺は駄目なんだよ…」 蹴人は溜息をついた。 「…キスの事、見てたなら助けろよ。俺が望んでさせたとでも思ってたのか。」 「助けられるものなら助けていたさ。…でも、あの時自分を抑えられずにいたら、彼を殴るか…もしくは…」 「ったくお前は…。ホント、ダメダメだ。…俺は、お前のせいでお前じゃないとダメになった…次弱気になんてなってみろ、絶対に許さない!」 やはり蹴人は… 俺よりも男らしく… 俺よりも大人で… とても… 素敵だ。 このような人に出会い… このような人と共に歩める俺は幸せだ。 いや、誇らしいとすら思えた。

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