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第49話
そろそろ大学に着く頃だ。
蹴人は大学の授業があり、俺は仕事がある。
正直なところ離れたくはない。
「到着してしまうね…」
離れたくない気持ちが溜息としてあらわれた。
「だな…」
「離れたくない…」
「お前だって、仕事あるだろ…」
「仕事か…何故俺たちは同年代ではないのだろうね…」
「そんな事言い出したらキリがないから止めとけ。」
「…そうだね。」
蹴人の言う事の方が正しい。
けれどどうしても考えてしまう。
もしも同年代であれば…
共に出来る事も沢山あった筈だ。
「…お前さ、どうして俺なんだ?」
「またその質問かい?」
「お前なら俺じゃなくたっていくらでも…」
「それ以上言うようならば、怒るよ?」
「だってそうだろ?俺、男だし、可愛げないし、年下だし…」
「そうだね。確かに君は男性で、素直ではない上に年下だね。…でもね、君だから…蹴人だからこんなにも愛せるのだと俺は思っているよ。」
そのような事を聞かれても困ってしまう。
愛してしまった人が蹴人であった。
年下で、素直でなかったとしても愛してしまったのだから仕方がない。
ただ、出会った事は偶然ではなく必然であると信じたい。
もしも出会った相手が蹴人でなかったのならここまで愛する事はできないと…
もしも蹴人と出会う事が出来ないと言うのならば出会う為の努力を自然としているであろうと…
そう信じたい。
この角を曲がれば蹴人の大学だ。
しかし、大学の前まで行く事を蹴人は嫌がるに違いない。
俺は角を曲がる事なく車を止めた。
「ったく、ホントお前は…」
蹴人は呆れたように溜息を付いた。
そして俺へと伸びてきた蹴人の手はネクタイを掴みクンッと勢い良く引き寄せた。
気付けば唇が触れ合っていた。
車内でなど…
いつ誰の目に触れるかも分からないというのに…
大通りとは違う、このような場所で蹴人に求められた事が嬉しくて仕方がない。
「…まったくと言うのならば、君の方こそまったくだ…」
「黙れ。」
「蹴人、今日はアルバイトはあるのかい?」
「あぁ、流石にな…」
「流石に?…」
「いや、何でもない。」
「終わる時間はいつも通りかい?」
「あぁ。」
「では、迎えに行くよ。」
「好きにしろ。」
「…そして、今夜も泊まって行くと良いよ。」
「分かった。」
「君は本当に可愛らしいね…」
「知ら…ッんぅ…」
蹴人の言葉を飲み込むかのようにキスをした。
求められる事はとても嬉しいが、俺からも求めたい。
蹴人は徐々に深くなるキスに身を任せる様に俺の首元に腕を回した。
一体いつから…
このような可愛らしい事をしてくれるようになったのだろうか…
俺が気付かなかっただけかもしれない。
蹴人の小さな変化を見落としてしまっていたのかもしれない。
全く…
そのような事も気付けないで何が好きだ…
何が愛しているだ…
我ながら呆れる…
蹴人の腕の温もりを噛み締めていた時だった。
窓ガラスをガンガンと激しく叩く音をきいた。
その方向に目を向けるとその先には酷い形相の新見君が居た。
「…えーと…顔は崩れているけれど、彼は新見君で間違いないよね?」
新見君で間違いないとは思うけれど、あまりに酷い変化に思わず蹴人に確認を取ってしまった。
「あぁ、あれは颯斗だな。…しっかし酷い顔だ…」
蹴人はそう口にすると車を降りようとした。
行かせたくない…
咄嗟に手が動いていた。
俺の手は蹴人の腕を掴み引き寄せていた。
そして再度その可愛らしい唇を愛でた。
「蹴人、行ってらっしゃい。」
俺は小さく笑みを浮かべ蹴人を解放した。
満足感で満たされていた。
思わず口元が緩む…
ついに…
ついに念願の…
最愛の人にお見送りのキスをしてしまった。
恋人や夫婦が行うというお見送りのキスを…
愛し合う者同士が行う毎朝のイベント…
最愛の蹴人と念願果たせるとは…
「お、…おう。」
蹴人もどこか恥ずかしそうだ。
恥ずかしそうにしたまま蹴人は車を降りた。
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