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第50話
蹴人が同じ空間に居なくなっただけで淋しさを感じる。
いつから俺はこんなにも情けなくなったのだろうか。
二人は何を話しているのだろう。
「バカシュート!凄く心配したんだからな!」
「あぁ、悪かったな、颯斗。」
「ホントは怒ってやろうと思ったけど、元気そうなシュートみたら怒る気も失せたし…」
「…まぁ、俺もお前に怒らないといけない事があるが、今回は飲み込んでやる。」
「え、俺なんかしたか?」
「そこのクソ八神に聞け。」
蹴人が俺を指差しした為、ガラス窓を下げた。
「やぁ、新見君、おはよう。」
「八神さんおはよ。つーか朝っぱらから見せつけてくれるよな。車内で濃厚キスとか、こっちが小っ恥ずかしいっつーの!」
「君と折戸には敵わないと思うけれどね。」
「あったり前!」
「この間の新見君のアドバイスは有効だったよ。」
「マジ?やったのかよ、ホントに!ウケる!」
「颯斗、お前あんまり八神をイジるな。コイツ冗談通じないから。」
新見君が蹴人の頭を撫で回した。
新見君は蹴人の幼なじみであり友人だという事を理解はしているけれど、内心穏やかではない。
「そっかそっか、シュートにも春が…」
「来てない!!」
「またまたー。」
蹴人と新見君はとても楽しげだ。
俺には見せない蹴人の顔を新見君は知っている…
そのように思うと胸がざわついた。
楽し気な二人にまるで邪魔を入れるかのように少し長めの咳払いをした。
なんとも大人気ない…
「新見君…」
大人気ないと理解していても俺に余裕はない。
何事も乗り切ってきた得意の笑顔さえも引き攣った。
「いやいや、冗談冗談…やだなぁ、そんな怖い顔すんなよ、八神さん。俺は壱矢さんのもんだからそうヤキモチ焼くなよ。」
俺の雰囲気を察してか、新見君は蹴人から離れた。
物分りの良い子で助かる…
「それは分かってはいるのだけれどね、それでもあまりベタベタと触れられるのは困るよ。新見君も俺が折戸にベタベタと触るのは許せないでしょう?」
「やだッ!」
「いい子だね。君が話の分かる子で良かったよ。」
「おい颯斗、そろそろ行くぞ。」
「おー。」
「蹴人、頑張ってね。」
「あぁ、お前もな。」
「もーやだ!何この初々しさ!!羨ましい!!」
「…颯斗、お前、もう黙れ。」
やはり蹴人と新見君は楽しげだった。
そのような二人の背中を見送り、ガラス窓を上げると会社へと車を走らせた。
会社に着いて社長室に入り暫くするとノック音がした。
そして折戸が入って来た。
「おはようございます。」
「おはよう、折戸。」
「やっと生気を取り戻したみたいですね。助かりますよ、要らぬ仕事をしなくて済むので。」
「悪かったね、色々と迷惑をかけてしまって…」
「いえ、気にしないでください。…とでも言うとお思いですか?」
この世にオーラというものがあるのだとすれば、今折戸が纏っているオーラは確実に漆黒だ。
「改めて今日から頑張らせていただきます…」
「きちんと理解しているならいいのですけれど。」
こうなっては例え俺でさえも折戸には敵わない。
折戸は蹴人との事できっかけを与えてくれた。
きちんとお礼を言わなければならないと思った。
「折戸…」
「なんですか?」
そのように思ってはみたものの、折戸は喜ばないだろう。
折戸壱矢はそういう人間だ。
謝るくらいならきちんと仕事をしろと怒られてしまうだろう。
「…いや、なんでもないよ。」
「おかしな人ですね…」
「ふふ、駄目な上司でごめんね。」
「…その言葉は私の前でだけにしてくださいよ?」
「もちろんだよ。」
俺は心の中で何度も感謝を繰り返した。
その後は、持ち前の集中力を活かし仕事に励んだ。
定時に上がり、蹴人のバイト先へと車を走らせた。
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