266 / 270

第51話

車を路肩に停め蹴人を待った。 暫くするとバイトを終えた蹴人が出てきて、小さく手を振った。 目が合ったのだけれど、フイッとそらされてしまった。 「待たせたか?」 「いや、つい先程到着したところだよ。お疲れ様、蹴人。」 「お前もな。」 「乗って?」 「あぁ。」 蹴人が助手席に乗り、シートベルトをした事を確認し、車を走らせた。 「ほんの数時間しか離れていなかった筈なのに、その時間をとても長く感じたよ。」 「お前、よくそんな台詞吐けるな。」 「君にだけだよ。」 「…そうか。」 蹴人の返答に思わず笑ってしまった。 何とも蹴人らしい返答… 「やはり君は可愛らしい…」 「お前、そればかりだな。一生言ってろ。」 「いいのかい?一生言っていても…」 「…ッ…勝手にしろ…」 「では、勝手にさせてもらうよ。」 薄暗い地下の駐車場に車を停め、シートベルトを外した。 蹴人も外したという事を音で確認した。 そして蹴人の座席へと手を伸ばしレバーを引いて椅子を倒した。 「おい!なにす…ん…」 好きにして良いと言ったのは蹴人だ… 強引にしたわけではない。 狭さは感じたものの、蹴人の足の間に入り込み唇を奪った。 そしてその後は甘やかすように顔中にキスを降らせた。 強張った身体を解すように何度も… 「こら、狭いのだからあまり暴れてはいけないよ?」 蹴人が抵抗を示し始めたが、この狭い車内での抵抗は何の意味も持たない。 ただ体力を奪うだけだ。 抵抗する手首を捕まえてしまえば、もうこちらの物だ。 「いきなりこんな事するお前が悪い。分かったから退けって…」 「今日は一日中我慢していたのだよ?今朝はもう少し余韻に浸っていたかった。触れていたかった。昨夜よりも激しく君を乱して、愛してあげたかった。」 「バッ…変な言い方するな!」 蹴人の頬を指先で撫でると言葉以外の抵抗がなくなった。 「おかしな事ではないよ。その為に俺は今日一日モヤモヤとしてしまったのだから。」 「だからってこんなところで盛るな!」 「君が可愛らしいから仕方がない。俺を意識しているにも関わらず必死に隠そうとしている姿がとても愛おしい。」 「意識だと?そんなもんしてるわけないだろ!」 「では無意識なのだね?そうならば尚更可愛らしい…」 「先程から君は俺の目を見ようとしない。すぐにそらされてしまう。これは、意識をしているという事だよね?」 「…知らない。」 「蹴人、俺の目を見て?」 「…ッ…クソ…」 蹴人と目が合った。 そらす事さえも忘れさせる程に熱く見つめた。 勝手にそらす事は許さない… いや… そらす事さえも忘れてしまっていたのは俺の方なのかもしれない。 俺を見つめるその視線に吸い込まれていく… 瞬きすらも出来ない… まるで金縛りのような感覚に襲われた。 「いい子だね…」 俺はその恐ろしさから逃れるように瞼にキスを落とした。

ともだちにシェアしよう!