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第13話

「柾さん、お願い。中・・・いじって。」 琴巳の懇願はあまりにも直接的で黒田は面食らった。肌の上を滑っていた手が止まり、琴巳はそっとその手首を握ると下肢へと導く。中心部分はまだ力を持っておらず緊張のためかダラリと横たわったままだ。こんな状態で中を蹂躙できるはずがない。琴巳の要求に困惑しながら、この段になって黒田は自分に呆れた。 繋がるために必要なものはこの家にないのだ。まさかこのような事態が休暇中に起こる事は想定していなかったし、自分にそんなことが起こることは100%無いと考えていた。 「柾さん、あそこに。」 指差されたのは先ほど二人が抱き合った場所で、琴巳が握っていたバスタオルが床に丸まっていた。後ろを振り返りタオルを認め、黒田はまた琴巳に視線を戻す。 「あそこに。」 再び場所を指し示すので、しぶしぶベッドからおりタオルを握るとコロンと音をさせてローションの容器が床を少しだけ転がった。追いかける馬鹿らしさから、黒田はすばやく手を伸ばし容器を握りベッドを振り返る。 琴巳はベッドの上に横たわり、ひたと天井を見詰めていた。 「柾さんの指じゃないと俺の中には届かない。自分でやっても全然気持ちよくもなんともない。かといって誰かに頼む気にも、物を使う気にもならなかった。情けない話です。」 淡々と知らない誰かの日常を話すような口ぶりに、上を向き始めていた雄が力を失い始める。ずっと抱えてきたであろう琴巳のやるせなさが黒田の背筋をぶるりと震わせた。 「今日は用件を伝えて、ちゃんと帰るつもりでした。今回の案件を完遂しプランナーとして仕事の力量を認めてもらうことができたら、もう一度俺は柾さんに「忘れられない、どうしたらいいですか。」そう尋ねるつもりだった。でもきっと顔を・・・合わせたその夜、一人でベッドにもぐりこんで正気を保てる自信がなかった。 自分では無理で・・・何回試しても絶対届かないのに、でも柾さんを思い浮かべて指を埋めてしまうのは確実だったから、怪我をしないようにそれを用意しました。軽蔑しましたか?」 黒田の手に握られた容器は未開封のままだった。いつどこで、これをどんな思いで買ったのだろう。「やっかいごと」を伝えるために自らここに赴き、プランナーとシューターとしてアンジェリカに向かい立つことを強制する。そしてその夜、かつての二人の時間に縋って一人泣きながら肉体を慰めようともがく琴巳の姿が鮮やかに黒田の脳裏に映った。 そのあまりにも哀しい姿に視界がぼやける。 「お前も私も大馬鹿者だ・・・。」 ぽつりと呟かれた小さな声に琴巳の視線がようやく天井から黒田に移され、見開かれる。 黒田は静かに涙をこぼしていた。一度も見たことがないその姿は琴巳をバネ仕掛けの人形のように弾き飛ばすには充分だった。もつれた足で駆け寄り黒田に抱きつく。 「柾さんを泣かすつもりはなくて。ごめんなさい、俺、自分のことばかりで・・・。」 「泣きたいのはお前だろう。昔からそうだ、いつも私を優先するくせに俺だけを見ろと縛り付ける。」 「・・・それしか、柾さんにわかってもらえる言葉をしらなかったから・・・。」 「もう一度・・・最初からだ。琴巳。」 黒田はきつく抱きしめた琴巳の頬に鼻先を滑らせ意志を伝える。うつむいていた顔が徐々に黒田の方を見るようになり互いの鼻先が触れあう。伸びてきた舌先が唇にわずか触れた時、琴巳はズクンとした欲望の熱が身体を貫いたのを感じた。さっきとはまるで違い、欲が形となって漲りはじめる。 口を開け遠慮なしに黒田に押し付け舌を差し出すと、黒田の手が背中と腰をまさぐる。両側から尻たぶを握られるように揉みこまれ琴巳は息をのんだ。ヒッという自分の喉声に興奮が煽られ、黒田の腕を握る指はカギ爪のように爪をたてて離すまいとしていた。 正面から体重をかけられ琴巳はそのままベッドに沈む、もちろん黒田も一緒に。 「私でなければ駄目だということをもう一度おしえてやる。」 ローションを長い指に塗りたくる黒田の姿は琴巳がずっと夢見ていたものだった。記憶より歳を重ね、さらに口数が少なっていたとしても。 まぎれもなく、黒田だった。

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