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第14話

記憶を辿り琴巳の中を思い出すのに、そう時間は必要なかった。1年に満たない短い時間であったとしても大事なのは密度だ。散々溺れた肉体のことを簡単に忘れることなどできるはずがない。 「ああっ!あ!」 黒田の長い指がそこに届き意志と関係なく腰が跳ねた時、琴巳は言いようのない安堵という深い水に体が沈み込んでいくような気がした。どんどん沈んで窒息してしまうような、でも逃げようなんてこれっぽっちも思わない心地よさ。 薄く目を開けると、そこには自分を見下ろす黒田の瞳がある。手を伸ばせば握られ、頬を包めば手のひらに口づけが施される。そして体内からは確実な刺激が自分の核を揺らしている。 漂い、揺れて、深く沈みそうになれば黒田に手を伸ばす。 セックスという人の口を重くする後ろめたさと淫靡さに彩られた行為であるはずなのに、今体感している此れは何だ?これは何?そう聞きたいのに口からでているのは嬌声とうわ言のように繰り返す黒田の名前だけだ。 沈んで離れそうになるたびに腕を伸ばすことが億劫になった・・・つねに捕まえてもらっていればいいだけの事じゃないか・・・。 「はいってきて・・・俺と繋がって。」 「まだ、ダメだ。」 「駄目じゃない!お願い、大丈夫。沈んでしまう前に俺を捕まえて・・・繋がって。」 とうに限界を超えている黒田にとって、琴巳の懇願は逃れがたい誘惑だった。指だけが侵入している現実に苛立っていたタイミングで、こうも言われれば拒絶できない。 さすがにゴムまでは用意されていなかったから、ローションをたっぷり猛った分身に塗りこめてから、ゆっくり腰を進める。 琴巳は無意識に息を詰めた。 「思い出して・・・そうだよ。力を抜いて、息をはいて。」 勃ちあがった熱を扱きあげながらタイミングをはかり腰を動かす。少しずつ埋め込まれていく様を見ながら黒田は興奮と快楽に意識が飛んでいくような感覚に溺れていた。そう、これだ、これが琴巳だ。身も心も溺れきった琴巳、包まれる身体と心。 ゆっくりと時間をかけ根元まで埋め込み、キスを落すと互いの額には汗が滲んでいた。ハアハアと口で荒い呼吸をしながら繋がっていることを実感していると琴巳の目から涙が零れる。 「痛いか?」 「いいえ、でも苦しい。でも嬉しい、痛くても苦しくてもいい・・・柾さんが俺の中にいる。 これでもう深く沈んでいかないってわかるから。窒息しないって・・・わかるから。」 「私の首に腕をまわしてごらん。」 言われるがまま素直に従う琴巳は昔と同じだ。黒田の言うままに、ついて行くために必死で食らいつく。 だから必ずいう事を聞き、従う。 琴巳の背中に腕を差し入れ、いっきに上半身を起こす。あぐらをかくようにしてベッドへットにもたれて琴巳を抱き締めた。 「う・・ぁあ。」 自重で深くまで届くことになるが、琴巳の体重によって黒田は自由に動けなくなる。ある意味琴巳の負担を軽くしているともいえるこの体位では逃げ場はない。 深く考えられない状態で黒田は琴巳から情報を聞き出そうとしていた。 「郷崎のポジションはどういうことになるのだ。」 あまりに近い二人の距離感になのか、こんな時に仕事の話しをする黒田に対する不満なのか、琴巳の顔が上気する。それもかわいいから眺めていたいのだが、黒田には優先しなければならないことがあったのだ。 「・・・なんで、こんな時に、そんなこと。」 「こんな時だからだ。」 下から突き上げるように腰をグラインドさせると琴巳は嬌声とともに背中をのけぞらせた。その背中にしっかり両腕を巻きつけ引き戻す。 「言いなさい、どういうことになる?」 「あ・・の男が次期社長にふさわしいと、本人と社長を、俺が焚き付けました。」 「ほう。」 「俺の兄らしいですよ、腹違いっていう。」 成程、それで納得した。琴巳をあの社長が簡単に手放すわけがないのに、この面倒な案件を任せたことの説明になる。それも自分と組んで仕切ることを呑んだというのだから腑におちなかったのだ。 伊勢には跡を継ぐ者が存在し、業界において通称「百貨店」は次世代に繋がっていく目途がついたから、いう事を聞かない息子を手放すことになっても仕方がないと腹を括ったということだ。 「俺は才能がなかったから好きにしていいということになった。」 「才能?あるだろう。プランナーとして優秀だ。」 琴巳は嬉しそうに微笑んだ。黒田が自分を認めてくれていることは、何よりも嬉しい事なのだと今更実感する。 「柾さんは子供が産めません。」 「当たり前だ。」 「そして俺も産めないし、あげく作ることもできない。伊勢を繋げる才能がないから見限られた。おかげで手綱を緩められて動くことができるようになりました。今回の案件、全てを丸く収めて百貨店を離れるつもりです。 俺は柾さんと個人商店を営みたい。自分の勘に裏付けされた物件と商品のみ取り扱う。 柾さんと一緒に生きていくには最高の環境です。 呑気なカフェの店主を気取って暇なときはアップルパイを焼けばいい。」 「16年は無駄ではなかった・・ということか。」 「そう考えるほうが建設的です。」 子供だった青年は確実に成長し、大人になり自分との距離を縮めてきた。であれば、もっと先に跳んでいけばいいだけの事。黒田の中でこれまでの期間で失われていった情熱の数々が再燃し始める。それは最高の気分で、一回り自分が大きくなるような力が身体を駆け巡った。その心持はダイレクトに下半身に伝達され琴巳の中で大きく動く。 「あっ・・・やっ。」 「嫌なものか、さっきから中がうねり始めたぞ。わかるだろ?」 わかるだろ?そう言った黒田の男の顔に琴巳は喉の渇きを覚えた。繋がった場所が急に脈打ち始め、勝手に腰が前後し始める。 「琴巳、さっきみたいにしがみ付きなさい。」 言われるままに腕をまわすと、そのまま体重をかけられ最初の正常位に戻った。 「おしゃべりは終わりだ。これで私は自由に動ける。」 おしゃべりを始めたのは柾さんです。そう言おうとした琴巳の言葉は黒田にズンと最奥を穿たれ喘ぎにまぎれて消えた。打ち付けられる律動に翻弄されながら、琴巳はまた深い水の中を漂い始める。 大丈夫、繋がっているから一人で流れていくことは無い・・・。 快楽と安堵が身体の中で暴走し、理性が飛んだあと琴巳の中に残ったのはたった一つのことだけ。 それは黒田の熱。熱くて優しい逞しい漲り。 自分のためだけに存在しているという確信。

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