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第4話
「好きな物頼んでいいよ。って言っても最終的には茂木くんが払うんだけどね」
メニュー表を広げながらニコリと微笑む天子にぞくりとする。腹は減っている。食べ盛りの高校生なら肉料理はとても魅力的だ。だが、今後の事を考えるとおいそれと高いものは選べない。
「えっと……これで……」
一番安いリゾット。それを指さすと天子は小さく頷いて店員の呼び出しボタンを押す。程なくして現れた店員に天子はメニューを指さしながらオーダーしていく。
「このリゾットと……スペシャルセットで」
天子が頼んだのはこの店で一番値段が高く、ハンバーグにチキン、ビーフと美味しいとこ取りのステーキセット。天子の体格は俺よりも遥かに小さくて勝手に食が細いと思ってた。天子も高校生らし食生活をしてるのだ。
「茂木くん。飲み物!」
「あ、うん。何がいい?」
「んー。何があるから分からないから、ドリンクバーの前から連絡して」
連絡と言われても、俺は天子の電話番号を知らない。
「ケータイだして」
言われるがままカバンからスマホを取り出すと、ロックをかけるのも煩わしい程に交流関係の乏しい俺のスマホを天子が軽快に操作し始める。
「無料通話アプリは?」
そんなもの入ってるはずもない。
「やったこと、なくて……」
「嘘でしょ!?」
そう言って目を丸くした天子は勝手にダウンロード画面まで行き、有無を言わさない態度でパスワードを打ち込ませると、真剣な顔つきで指を動かしていく。
「これでオッケー。僕の登録したから、ドリンクバー着いたら連絡してね」
返されたスマホの画面には、はっきりと天子の名前とアイコンが映ってる。そのアイコンはクラスメイトと撮ったのだろう。見切れてはいるがうちの制服が映っていて、動物の鼻と耳付けた天子の顔に見入ってしまう。
「なにぼおっとしてるの?」
テーブルの上を指先でコツコツ叩く天子に自分の置かれている立場を再認識する。
「あ、いや……。ごめん」
アイコンの可愛さもさることながら、高級目覚まし時計と化した俺のスマホに天子の連絡先が入っていると思うと、喜んじゃいけないのに嬉しくて、早足に店内の奥にあるドリンクバーに向う。
スマホのホームボタンを押して明るくなった画面。そこには天子の名前。俺の口元は無意識に緩んでたのだろう。立ち尽くしていた俺を不審な顔で見るサラリーマンに場所を譲り、ラインナップを確認する。そして、それを知らせようとして俺は気が付いた。天子の次なる嫌がらせに。
ドリンクバーには多種多様なお茶が並び、それを含めるとニ十種類近くある。その全てメッセージで伝えなければならない。手間も時間もかかる。特に日頃から文字を打たない俺にはかなりの重労働だ。
「天子、あの……」
天子がそれをさせたいのは分かってるが、待たせるのもいけない気がした。だから、約束を果たさずに戻った俺に天子は不機嫌な顔で俺を見る。
「なに?どうしたの?」
「種類、いっぱいあって。伝えるの、時間かかりそうだったから」
「一緒に来てって言うの?」
「いや。メニュー言うから、その中から選んでもらえれば……」
さっき見てきた光景を一つ一つ思い出しながら口に出していく。冷たい飲み物はコーヒーにウーロン茶、メロンソーダ―。
メニューを読み上げていく度に横に倒れる天子の頭。
「ねぇ。なんで戻ってきたの?それなら通話でやれば良くない?」
「つう、わ……?」
天子にそう言われて今度は俺の首が逆に傾き、天子の口から盛大なため息が漏れる。
「今回は説明不足だった僕も悪いし、一緒に取りに行ってあげる」
「ほんと、ごめん」
「いいよ。後で操作方法教えてあげるから、次からはちゃんとやってよね」
「うん……」
次。これからも俺は天子に命令され続ける。それは悲しくもあり、嬉しくもあった。
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