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第5話
ドリンクバーから戻るとすぐに食事は運ばれてきて、ジュウジュウと油が跳ねるプレートから漂うソースの香り。天子はそれをフォークとナイフで小さく数個切り、箸に持ち替えてから食事を始めた。
天子は肉を口に運ぶ度にソースが唇に付くのか、ぺろりと舌を出す。こんな風にまじまじと誰かが食事をしてる姿を見るのは、なんだかいけないことをのぞき見している気分になる。
天子の物を盗み始めた時もこんな気分だった。ドキドキして、いけないと解っているのに何とも言えない高揚感があった。
「茂木くん。さっきから僕の事見てるけど、どうかした?」
「あ、いや……」
視線を逸らし、スプーンでリゾットをすくう俺の視界に肉がどんどんと入ってくる。
「もうお腹いっぱいでいらないから、残りは茂木くんが食べて。残したら許さないからね」
プレートにはハンバーグが三分の一とチキンが半分、ビーフに至っては殆どが残ってる。天子は何がしたかったんだろう。
生ぬるくなった肉を咀嚼しながら俺はそう思う。それでも、食べたかったものが食べられたのは、ちょっと得した気分だった。だが、先ほどの仕返しにとばかりにずっと天子の視線を感じ、物凄く落ち着かない。
天子もさっきまでこんな気持ちで食事をしてたのかと思うと申し訳なく思う。
これが天子のやり方。俺にされて嫌だったことを実際に体感させる。
「天子、本当に今までごめん」
フォークを置いて頭を深く下げる俺を天子はじっと見下ろし、飲んでいたアイスティーがズズッと終わりを告げ、微かに咽る音がする。
「飲み物、何がいい?ついでに持って来てあげる」
「え?いや、飲み物なら俺が……」
「良いから、さっさと食べ終わってよ。アプリの使い方だって教えなきゃいけないんだし。それに……。何度謝られても許す気ないから。僕が満足するまで茂木くんには付き合ってもらうんだからね」
そう言って天子は席を立つ。急いで食事を終わらせ、天子が持ってきてくれたウーロン茶で一息ついていると、狙いすましたかの様に店員が食器を下げにやってくる。それを見送った後、なぜか天子が俺の隣に移動してきた。
「ケータイ借りるね」
天子は当たり前の様に俺のポケットからスマホを抜き取り、スリープモードを解除する。
「ここに受話器のマークあるでしょ?」
ずっと開きっぱなしにしていたメッセージ画面の右上に確かに受話器がある。
「それかアイコン押すと通話できるようになるから。それと……」
天子は画面をタップしながら分かりやすく説明してくれる。のは良いのだが、今にも肩が触れそうなほど距離が近い。
「ちょっと、聞いてる?」
「は、がっ……!」
急に天子の顔が至近距離に現れ、俺はそれに驚いてほっぺたを思いっきり噛んだ。
「痛って……」
「ちゃんと返事しないからそう言う事になるんだよ。いい気味」
くすりと笑う天子は本当に俺を嫌ってこんな事をしているのだと思い知る。
「で、使い方わかったの?」
噛んだ頬がズキズキと痛み、俺は頬に手を当てたまま数度頷いた。
「じゃ、そろそろ帰ろっか」
そう言ってテーブルに立ててあったレシートを指先で摘まみ、カバンを持ってレジに向かう天子の後ろに続く。
「お金の受け渡しのタイミングと方法はケータイで指示するから、勝手に持ってきたりしないでよね」
会計を済ませた天子は俺にレシートを渡し、学校では近づくなと釘を刺してくる。
「わかった」
はっきりと答えた俺に天子は眉根を寄せ、それから俺達は無言で電車に揺られて帰宅した。
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