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第8話
ウィーンとデータを読み込む音がして、テレビに映し出されたロゴマークは海外の物。
「茂木くん、もうちょっと後にズレて」
「え?あ、うん……」
手で合図をされながら後ろに下がると背中にベッドが当たる。天子が毎日寝ているベッド。母親が特売で買ってきた変な柄では無くて、黒無地の少し光沢があるカバーが頭に触れるとドキドキする。
「もしかして、やらしいこと考えてる?」
「へぇっ!?」
決してそんな事は考えていないが、考えそうにはなっていた。
「決して、その様な事は、考えてなく……」
「あっそ。茂木くんは僕とそう言う事したいのかと思ってた」
視界に天子の腕が映り、俺が買ってきたペットボトルの封を切る。
「そ、そう言う事。と、おっしゃいますと……?」
「さあ?僕に具体的な内容が分かるわけないでしょ」
そう言って紅茶を飲んだ天子は、紅茶をテーブルに置いてあったリモコンに持ち替え、ミュートを解除する。
映画は静かな森から始まり、何かが蠢く気配がして唐突に飛び出してきた。
「うわっ!」
「うるさい!」
「なんで。そんなとこ、座って……」
俺の声に両手で耳を塞いだ天子は、俺の中にちまっと収まってる。
「正面から見たかったからだけど?」
「だったら、俺がズレるから……」
「だめ。これから茂木くんには、座椅子になってもらいます」
「えっ?」
「なんか、文句あるの?」
さっき、俺が天子に対していかがわしい気持ちを抱いていると疑ってきたばかりなのに。わざと煽るような事してくるとか。何考えてるんだろう。しかも天子は映画を見ている間、初めはお菓子を食べたり紅茶を飲んだりしてたのに、いつの間にか俺の腕にしがみつき、時折ビクリと体を揺らす。映画に集中して座椅子を演じなければ、余計なところがビクリとしそうだった。
「ん~。結構、面白かったかも」
画面ではエンドロールが流れ、天子がぐっと伸びをする。この苦行がもう間もなく終るのかと思ってほっとした瞬間、俺のお腹がぐぅっと鳴る。そう言えば朝飯しか食ってなかった。
「お腹空いてたなら、おかし食べればいいのに」
俺の利き腕を未だ抱えたままの天子は、スティック菓子の箱を持って俺を仰ぎ見る。映画を見ている間は意識が散らせたから良かった。だが、緊張の糸が緩んでしまったこの状況は非常にまずい。
「お茶も飲みたかったら飲めば?」
飲めばと言われても、俺の手が届く範囲には天子が無造作に床に置いた飲みかけの紅茶くらいしかなく、ここにはコップもない。
「いや、大丈夫……」
左手を握りしめ、その痛みで冷静さを保つ。
「なぁんか、つまんない」
つまらないとは、天子は俺に一体どんなリアクションを求めてるんだろう。今の映画ネタに一発ギャグでもすればいいんだろうか。
「天子、俺、何したら……」
「茂木くんのしたい事すれば?」
相変わらず俺にもたれかかりながら、見上げる天子に出来る事なんて何もなくて。じっと俺の行動を待つ天子を持て余す。
「……。まあいいや。買い物行こっか」
この状況から逃れられることは嬉しいが、この後の事を考えるともろ手をあげて喜んでもいられない。天子の気持ちを満たすために次は何を買わされるのか、何をさせられるのか。そう思いながら天子の後を付いて行く。
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