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第10話
「美味しい」
パスタを口にしながら天子は顔を綻ばせ、一緒に食事をしている事を喜んでいる様に見えるのは、俺の心がそうしてるのだろう。もしかしたら天子が。そんな思いが、俺の脳を勘違いさせている。
「はぁ~。お腹いっぱい」
俺よりも後に食べ終わった天子はフォークを置いて合掌する。
「茂木くん。僕、テレビ見てるからお皿洗っといてね~」
「え?あ、うん……」
天子は先程と同じく、クッションを抱えてソファーでくつろぎ始める。俺は天子と自分が使っていた食器をシンクに置き、調理器具と一緒に洗い終わると微かに笑い声をかげる天子の元に行った。
「天子、終わったけど」
「じゃ。湯船洗って、お湯張っといて」
「へ?風呂?」
「うん。だって夜には普通お風呂入るでしょ?」
いや、そう言う答えを聞きたい訳じゃない。
「茂木くんに否定権はありませーん」
天子の弾んだ声に、やっぱり俺をからかって遊んでるだけなんだと気づいた。
「……」
風呂場の棚には三種のボディーソープや洗顔料。そして壁に洗剤と棒付きのスポンジが引っ掛けてある。
「これで、あってるよな……?」
ほかの場所にボディタオルが三枚掛けてあるから間違いないだろう。洗剤をスポンジにたらし、丹念に浴槽を洗ってお湯を張るために給湯器を見ると、もう七時を回ってる。給湯機の自動ボタンを押して戻ったリビングでは、相変わらず天子がテレビを見ながら笑っていた。
「天子、風呂も終わったけど」
「ほんと?ありがとう。じゃあ。お風呂入るまで何しよっか?」
天子は本当に楽しそうだ。さっきから俺に命令する度、どんどんと表情が明るくなっていく。
「茂木くん、やりたい事ある?」
帰りたい。これ以上天子に遊ばれたくない。俺の気持ちをこれ以上弄んで欲しくない。
「あの、お金返すし。もう二度とあんな事はしない。天子にも近づかない。だから……」
もう、やめて欲しい。俺が悪いのは分かってる。けど、このままだと天子が嫌いになりそうだ。
「許さない……」
初めて聞く天子の低い声。
「そんな事、絶対に許さない」
心の底から絞り出される声は、俺に恨みしかないとそう告げている。
「この数ヶ月、僕がどんな思いで過ごして来たと思う?」
「気持ち、悪かったと思う。嫌な思いも、させてたの分かってる」
「分かってない!茂木くんは全然分かってない!」
天子は床にクッションを投げつけると、今にも泣き出しそうな顔で俺に近づいてくる。
「確かに気持ち悪かった。誰がこんな事してるんだろうって怖かった。気のせいかもしれないって誰にも話せなくて、気が狂いそうだった」
「ごめん。本当にごめん」
「謝って欲しい訳じゃない!茂木くん、僕のこと好きなんだよね?」
「え……と、それは……」
はいと答えたらどうなるんだろう。いいえと答えたらどうなるんだろう。
「なんで、気づかないの?」
「ごめん」
「それって、もう僕の事嫌いになったって事?」
「いや、そんな事は……」
だんだん、良く分からなくなってきた。今、俺が怒られてる理由は何なんだろう。
「じゃ、なんで僕を襲おうとしないの!?」
「おそ……?」
「ああ!もうっ!僕一人バカみたいじゃない!」
そう言って天子は俺のシャツを思いっきり引っ張る。どう考えたって殴られる以外ありえなくて、俺は思いっきり歯を食いしばって目を閉じた。
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