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きらきらぼし

「顔を上げろ」 声がしたのは、太陽が昇って何時間か経った頃だった。 帰ってきた。戻ってきた。戻ってきても、殴られるだけなのかもしれないのに。けど………。 ドアのすぐ内側で膝を抱えて顔を伏せていた俺は、すぐにその姿を探した。人の姿は見えない。きっと扉の向こうにいて、上の小窓から覗いているのだろう。 「み、ず………」 立ち上がる気力もなくて、でもそれだけは伝えたくて小窓に向かって訴える。 「やっぱり2日じゃ大して変わらないか」 天城の答えはまた俺の欲しいものではなかった。俺の声は届かなかったのかと思って、俺はもう一度言った。 「水が欲しいのか?」 「ほし、……み、ず………」 必死な様子を笑われた気がした。けど、そんなのに構ってはいられない。呆けたみたいに水、水と言っていたら、下の小窓から何かが落ちてきた。ペットボトル。水だ! 俺は誰に取られる訳でもないのにそれを慌ててつかんで、縺れそうになりながら蓋を開けて、貪る様に口に持っていった。 欲しくて欲しくて傾け過ぎて、口の端から水が溢れる。勿体ない。けど、止まらない。欲しい。もっと、もっと。 「まだ飲みたいのか?」 500mlなんてあっと言う間に飲み干してしまった。欲しいと頷くと、またペットボトルが落とされた。 今度は、さっきよりもゆっくりと味わって飲んだ。さっきは必死過ぎて気付かなかったけど、天城から与えられた水は微かに塩っぱかった。 それから毎日朝になると天城はドアの前にやってきて、ペットボトルの塩水を2本くれた。 初めて貰った時は、2本をいっぺんに飲んでしまったけれど、そうした事をすぐに後悔した。次にいつ貰えるのか分からないのになんでもっと大事に飲まなかったのか、と。だから、2日目は1本だけで我慢して、残りの1本はベッドの奥の、監視窓から見えない所に隠した。でも、そんな事しないであの時飲んでおけばよかったと今になって思う。そうしておけば、今の体調はもう少しマシだったのかもしれない。 もう何日食べてないんだろう。 空腹感による苦しみは、水が貰える様になり脱水の危機が去って、顔面の痛みも少しずつ改善してきた頃がピークだった。 今はもう、あまり空腹感はない。ない、というより、それが常であるが故に、慣れてしまったのだろう。あれほど欲していた水すら、あまり飲みたいと思わない。 ずっと意識が朦朧としていて、気付けば空が暗くなっていて、またその逆もあった。 暗くて怖い夜に意識が冴えた時は、前にそうしていたみたいに星を数えた。 きらきらひかる おそらのほしよ まばたきしては みんなをみてる…………。 『パパはね、お星さまになったの。お星さまになって、愛由を見守ってくれてるのよ』 唯一子供の頃から知っている童謡を口ずさんでは、優しかった母の面影を追う。俺もいつか、星になれるかな………。 過去と現実がごっちゃになって、今いるのがどこなのか時々わからなくなる。ふいに思い出しても、身体を起こす気力もなければ逃げ出そうとする力もなく、体調もすこぶる悪い。空腹と何の関係があるのか、頭は痛いし、何も食べていないのに吐き気さえする。それに寒くて寒くて、シーツにくるまってもぶるぶる震える程だ。 終わりが近いのだろうか。 でも、もういいか。もうたくさんだ。 俺の人生、笑えるくらい酷かった。最後までこんなんとか、ほんと笑えない。あれ、笑えるんだっけか。どっちでもいいや。どっちにしろ、最高に酷いってことに違いない。 「随分いいじゃないか」 何がいいもんか。そう思うならお前が代われよ。 天窓から射す光が明るい。朝なんだ。窓が真っ青。青空だ。久しぶりに晴れたなあ。こんな日は星空が綺麗だろうな。最期に見るのがその景色だったら、悪くない。 「まだ黄色い痣は残ってるけど、抱けない事もなさそうだ」 聞き慣れない音がしてそちらに顔を向けると、ドアがこちら側に動いていた。一定の速度で開いていたそれが、途中で何かに引っ掛かり止まった。 「昨日の分……?飲んでないのか?」 扉の隙間から姿を現した男の手には、ペットボトルが握られている。 水……? ………ああ、そうだった。水だ。今日は枕元まで届けてくれるのか?随分と親切なものだ。昨日は確か、ドアの所まで取りに行く事ができなかったんだ……。 「愛由………?愛由!!」 うるせえな。もう水もいらないから、寝かせてくれよ。瞼を開けておくことすらしんどいんだ。 「ちょっと…………すぎたか………」 もう、何も考えたくない………。

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