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脅迫

「愛由、ちょっとおいで」 ダイニングの椅子にかけて唯一自由に飲める水を飲んでいた俺を、リビングから宗ちゃんが呼ぶ。今度はセックスの臭いはしない。第一、ついさっきやったばっかりだ。 さっきと同じ様に宗ちゃんの前に立つ。但し、今度は服は脱がない。 宗ちゃんは膝の上に置いたノートパソコンをカチャカチャ操作している。全然頭を上げないから、呼ばれたのは俺の空耳だったのかなと思い始めた時、ウイィィンと、俺の行った事のない部屋から微かな機械音が聞こえた。 「待ってて」 そう言ってあっちに行った宗ちゃんは、手に紙を持って再び戻ってきてから、その紙にカウンターで何か書き込んでいる。 「はい、これ」 手渡された紙には、一番上に大きく「診断書」と書かれている。 「何、これ……?」 「愛由の診断書だよ。もう1ヶ月も大学を休んでるから」 大学………。久しぶりに聞いたその単語に、ここに連れて来られる前までの生活を思い起こされる。 1ヶ月なんだ。まだ1ヶ月しか………。 1ヶ月は決して短い期間じゃないけど、でもここでの生活は俺にとってはもっと長く感じていたし、つい1ヶ月前の元の生活があまりに遠い。 「単位落としたくないだろう?それに、外野に色々聞かれたら面倒だろうから、愛由はこの1ヶ月入院してた事にしてあるから」 大学とか、単位とか、そんなの俺に関係あんのかな。だって俺、ここがどこなのかも分からないし、そもそもここから逃げ出せる体力もないから、宗ちゃんが俺を家に帰してくれない限り大学なんて行けないんだけど…………って、え?もしかして…………。 「宗ちゃん、俺、大学行っていいの……?」 その可能性に気づいた途端、目の前がワントーン明るくなった気がした。 「本当はずっとこうしていたいけどね……」 またもっと俺の視界は明るくなる。この生活がもう終わる。大学に行ける。元の生活に戻れる……! 「でも」 言葉に出さずとも浮かれ気味の俺を咎める様に、宗ちゃんの声は低い。 「忘れないで、俺と愛由の関係」 関係?恋人だと言いたいのか?バカな事を。ここを出てまで宗ちゃん……天城の言いなりになって堪るものか。 「もし忘れたら……」 天城は相変わらず低い声で言いながらパソコンを操作した。ここにいる間だけ、従順なフリをしよう。そう思っていたのに―――。 いきなりテレビがついた。 電器店でもあまり見ないくらい大きなテレビだ。確か85インチ。何度か本当の恋人みたいにソファに並んで一緒に映画を観たときに聞いた。 その大きな画面に、等身大よりも大きな自分の顔が映っていた。遅れて聞こえてきた甲高い声。 『あああっ……イク……いっちゃうぅぅ……ッ!』 バカみたいにだらしない顔が画面一杯に広がって、背筋が凍った。 「な、に……これ……」 何と聞かなくても本当は分かる。これはついさっきの俺。宗ちゃんにヤられて、おかしくなってる、俺。 「この家の全ての部屋に監視カメラがついててね。愛由のエッチな姿は、最初から全部残してあるから」 監視カメラ。最初から、全部……。 「酷い…………」 ショックのあまり、膝から力が抜けた。勝手に座ったら怒られるのに、もう立っていられなくてがっくり床に崩折れる。 項垂れるのではなく、怒るべきだ。この変態クソ野郎と口汚く罵ったってお釣りがたんまりくるぐらい酷い事をされてる。けど、怒る気力がない。そういう強い気持ちは、もう既にポッキリ真っ二つに折られてしまっていた。 「愛由、こっち」 声がかかり、条件反射の様に見上げると、天城がソファの隣をポンポン叩いた。そこに、座れという意味。 また、条件反射の様に身体が起き上がる。機械仕掛けの様にぎこちない動作で言われた通りにソファに掛けたら、目の前には目を逸らしたってどうしたって視界に入ってしまう大き過ぎるテレビ画面。 「一緒に見よう。エッチで淫乱な愛由、可愛いから」 見たくない。聞きたくない。こんな自分を、こんな冷静な頭で認識したくない。 「ほら、さっきも出してたのに、またイっちゃうよ。愛由すっかり中イキがお気に入りになっちゃって……」 「もうやだ……。宗ちゃんお願い、消して……」 泣きそうになりながら懇願する。こんなの見たくないし、こんなのが存在してるのが嫌だ。誰か消して。これをこの世から消して……。 「忘れてないよね?」 『愛由、好き。愛してるよ』 『宗ちゃん、俺、も……』 「忘れたとは言わせないよ」 辛くて、涙がポロポロ溢れた。 「愛由の口で教えて。俺と愛由の関係」 ここから出られても。日常に戻っても。また大学に行けても。もう俺は元には戻れない。 「こい……びと……」 「そうだよ、いい子。忘れないでね」 頭を撫でられる。キスをされる。始め頬だったキスが、耳を擽り、首筋を舐めて、唇に………。 ああ、だめ………。ムズムズしちゃ………。 でも、どんなに抑えようとしたって、簡単に火が着いた身体は全然鎮まらない。 「エッチな愛由……大好きだよ」 宗ちゃん……俺も………。気持ちいいよ……宗ちゃん………。

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