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快気祝い 2

「全部食ったぞ!……って、治まった?」 「そうみてー。ありがとう」 「………や、役に立てたならよかった。また、なんかあったら、言えよ」 なんかあったら………か。あいつとの事も、土佐が全部食ってなくしてくれんのか。……って、そんな訳ないけど。 「お、俺ちょっとトイレ」 土佐が席を立っている間に、梅しそササミを食べた。 あーうまい……。 久しぶりに心からそう思った。 昨日の夜は泣いてばかりいて何も食わなかったし、今朝は家にあったクラッカーを食えるだけ詰め込んだだけだった。大学での学食でも、緊張感が抜けなくて、腹は満たされても美味しいなんて思わなかった。 それに、俺、やっぱ大丈夫だ……。 大丈夫というのは、食後に身体が変になったりしないということだ。朝と昼はそんな事心配する隙もなかったけど、今になって思えば身体が熱くなる事もなかったし平常心だった。 俺、変態じゃなかった………。 「すいませーん」 ほっと息をついた所で席に戻った土佐が、ビールの追加を注文した。俺もついでにナンコツつくねを注文する。 「食欲出てきた?」 「おー。ネギアレルギーも治まったし」 今度は自分の皿に残っていた牛サガリ串を食べる。土佐がお勧めだって言ってたやつ。 「うめーこれ」 「だろ!?」 土佐が嬉しそうだ。俺も、こんな旨いもの食えて、平和で嬉しい。あんなに遠いと思ってた日常が、帰ってきた。 「なんか俺、よっしーに勝った気分」 「んあ?」 「あ、いや、何でもない」 「んだよお前、そればっか」 口を尖らせると、土佐がまあまあと笑った。 「そういやさー、大学入ってお前俺ん家全然来なくなったよなー」 「あーそうだな」 高校時代は、よく土佐の家に世話になった。けど、もうみんな独り暮らしをしていて、俺は誰に気を遣う事もなく家に居れる訳だから、土佐の家に遊びに行く理由もなくなっていた。 「あの頃の俺、及川と友達になれて結構舞い上がってたんだぜ?」 知ってた?と聞かれるが、知らない。俺はついでだろ。まあ俺は、土佐の家を避難所として使わせて貰ってたし、あの畳の匂いとかが好きで、正直居心地悪くはなかったけど。 「ついでって何だよ。なー、また来いよな。漫画も、新しいの増えてるぜ」 「あ、あれの最新巻買った?」 「お前の好きな奴?とーぜん!」 「行く」 まじか。あれ確か、次辺りで黒幕の正体が分かりそうな感じだったんだよな。 「おー来いよ。俺は明日とかでも全然いーし」 忙しい癖に、そんな明日とか突然でも大丈夫なんだ。行きたいな。あ、けど………。 「明日バイトの面接だ」 「バイト、もう始めんの?」 「やんないと家賃払えねーからさ」 1ヶ月前までしていたコンビニの深夜バイトは、天城によって勝手に辞めさせられていた。あそこのオーナーさん凄くいい人で、廃棄の弁当とかも本部に内緒で結構くれたから助かってたんだけどな……。 突然シフトに穴開けて迷惑かけてしまっただろうから、また雇ってくださいとも言いづらくて、明日は別のコンビニの面接に行く予定だ。 「それにしてももう少し休んだら?お前はっきり言って顔色悪いし、痩せすぎだし、本当疲れきってるぞ」 「1日や2日休んだ所で急に元気にはならねーし」 「そうは言ってもさ。ちょっとなら俺貸せるぜ?家賃も、よっしーの父さんとかに頼めば……」 「大丈夫」 義務教育でも何でもない大学の学費まで出して貰っているのだ。それ以上の援助なんて口が裂けても言えないし、言うつもりもない。 「及川ってほんっと頑張ってるよなあ………。今日は俺の奢りだからさ、金の事気にしないでいっぱい食えよ!」 「まじか!」 食費も家賃も、ギリギリの所で生活していたのに、1ヶ月分のバイト代が入らないというのは俺にとって結構由々しき事態だ。前と同じだけ貰っても足りないから、時間増やすかシフト増やすかしないと……。 そんな深刻な金欠の折、土佐の奢りの申し出はかなり助かって、俺は意地汚く明日の朝の分まで食おうと張り切っていた。けど………。 「俺鶏皮にすっかなー。及川は次何する?」 「俺、ちょっと休憩」 「ん、そっか」 土佐が元気よく追加注文している。いいなあいっぱい食えて。俺も食いたいけど食えない。胃が小さくなってる様だ。昼も、ミニうどんだけで結構きたし。あ、でも、意外と食費かかんなくてよかったりして……。 「トイレ行ってくるわ」 注文を終えた土佐が席を立つ。 トイレ近いなあ、土佐。 もう満腹で食べるものもないし、土佐の姿を何の気なしに目で追っていたら、カウンターの何席か隣にいた3人組の女も同じ様に土佐を見ていた。 「ちょ、やっぱイケてんだけど」 「あたしらと同い年くらい?」 「てか絶対オンナいるって!」 手を口の横に当てて秘密の話な雰囲気を醸し出してはいるが、興奮し過ぎて声が大きくなっていては意味がない。 ……あいつ本当モテるな。彼女いなかった時期なんか殆どないし。まあ、背高いし、男らしいし、いい奴だし。女から見ても格好いいんだろうな。俺もあんなだったら、人生ちょっとは変わってたかも………。

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