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快気祝い 4
それでも完全に避ける事なんて出来なくて、例えばアポなしの訪問だったり、街でばったり会ってしまった、なんて時は、必ず何かしらのちょっかいをかけられる。
一度土佐にチラッと匂わせてみたけど、「なんで?」と不思議そうな顔をされたから、おかしいのは俺の前でだけみたいだ。
こんな変な女と付き合っているのは、由信の為にならないのでは?という自問は、数え切れない程している。
けど、美咲さんを運命の相手と称している由信に、「お前の彼女からちょっかいをかけられてる」なんて口が裂けても言えなかった。それに、由信が彼女の話をする時のノロケ顔を見ていたら、まあいっかって思わされるのだ。それだけ、由信は幸せそうに彼女との事を話すし、俺は幸せそうな由信を見ているのが好きだ。
由信の前では優しくていい彼女なんだし、何よりも由信が美咲さんを好きで幸せなんだから。たまに会うときに俺がほんの少し我慢すればいいだけ。由信と俺の仲がいいのに妬いているだけかもしれないし、ただ年上の余裕で俺をからかって遊んでるだけなのかもしれない。俺は、そんな風に考える事にしていた。
「由信君、本当にあゆ君あゆ君って、いっつも愛由君の話ばっかりなの。それで、私より愛由君と付き合っちゃえば?ってちょっと怒ったフリしてみたら、由信君泣きそうになっちゃって……」
「み、みさちゃん、それ内緒って……!」
「はは、よっしーは及川にも美咲さんにもベタ惚れだもんな」
「えー、やっぱり愛由君にも惚れてるの?」
「変な意味じゃないっすよ?モチロン。でも、親友?いや、頼りになるお兄ちゃんって感じか?」
「もー何言ってんだよ土佐!あゆ君と俺だったら、俺の方が誕生日早いんだから!」
「俺は精神的な事を言ってんの」
なんだか話が盛り上がっているこんな時も、美咲さんは素知らぬフリをしながら俺の足に手を置いて、時折俺を振り返って意味あり気な目配せを送ってくる。
本当は振り払いたいけど、女の手に、ましてや由信の彼女の手に触れる事に躊躇して、結局何も出来ずにいる。俺が我慢すればいいんだから。我慢、我慢………。
「ねえ、あゆ君からも言ってやって!」
ぱっと美咲さんの手が離れたと思ったら、由信がこっちを振り返っていた。
「…………え?」
「あゆ君聞いてなかったの?土佐がさ、俺の事あゆ君の弟扱いするんだ。どっちかっていうと、逆だよね?」
聞かれてもよく分からない。俺は由信を弟とも兄とも思った事はないけど、でも強いて言うならやっぱり土佐の言う様に弟かなと思った。………けど、多分由信は彼女の前でいい格好がしたいのだろう。
「そうだな。由信、しっかりしてる所もあるし」
「聞いた!?」
由信が嬉しそうに土佐と美咲さんを交互に見ている。
「ほんっと及川ってよっしーに甘々だよな」
「土佐ー!」
あー由信、あっち向くなよ。
嫌な予感は当たるもので、また美咲さんの手が………。
ていうか、美咲さんもやっぱり由信に『これ』がバレたらヤバいって認識はあるんだ。
邪魔しようと然り気無く腕を置いたら、冷たい指が躊躇なく剥き出しの腕に絡んだ。
あ、やばい……。
思ったけど、気付くのが遅くて手を握られた。長い指が蛇みたいに、俺の指に絡む。
―――これまで以上の生々しい接触に、吐き気がした。由信への罪悪感と、こんな事をする美咲さんへの激しい嫌悪感で、俺はもう限界だった。
「あゆ君?」
「及川?」
手を振りほどいて逃げるように席を立った俺に、二人は目を丸くしている。
「どうしたの、愛由君?」
トイレに立つフリでもしよう。そして、戻ったらどうにかして土佐と席を替わろう。そう思っていたけど、二人の反応をそのまま模倣したみたいに丸い目をして俺を見上げる彼女の白々しさに、取り繕う気にもなれなかった。
「ごめん、俺帰る」
「え、あゆ君……?」
「及川、どした?」
カウンターの下の鞄をひっつかむと、俺は出口に向かう。もう俺、あの人無理だ……。
「及川待って!俺も帰る!今代行呼ぶから乗ってけよ」
「いいよ。俺、電車で帰るし」
「俺ひとり残されたら、デートの邪魔してるみたいで気まずいじゃん」
土佐は伝票をレジに出して二人分の会計を始めてしまった。せっかく楽しくしてたのに、俺のせいで申し訳ない………。
「どうした?なんかあったか?」
平日だから空いていて、代行は10分で来るらしい。
店の外で待つ間、土佐が色々聞いてきたけど、言えない。由信の彼女からセクハラ紛いの事をされていたなんて。
だってそんなの誰が信じる。俺の前以外ではいい彼女なのに。
「何でもないって。疲れたんだ」
土佐は腑に落ちない顔をしていたけど、俺は何でもないを繰り返す。
由信は勿論、土佐に言ったって、きっと信じて貰えない。俺が悪いんだ。俺が、そうさせる何かを発しているんだ、きっと。だから、俺がこれまで通り会わない様にして、たまに会った時は我慢してればいい。だから、彼女と由信には、末永く一緒にいて貰いたい。由信にとってそれが幸せなら、俺にとってもそれが第一の望みだ。
「ご馳走さま。乗せてくれてありがとうな」
大きい通りでいいって言ったけど、結局代行のタクシーは俺の家の前まで寄ってくれた。バイト代入ったら、土佐になんかお礼しないとな………。
スッキリしたくて、トイレと共同のユニットバスでシャワーを浴びる。今朝も思ったけど、狭いし、動作の度に古くて清潔感のないシャワーカーテンが身体に触れるのが少し気持ち悪い。これまではここで慣れてたし、そんな事思わなかったのにな………。
――――はっとした。
俺が無意識に思い出していたのは、比べていたのは、あの別荘の広くて新しくて清潔感のあるバスルームだった。
あれがよかったって思ってるのか?冗談じゃない。あんなのは嫌だ。自由もなければ、まるっきり天城の奴隷みたいな生活だったじゃないか。ただ、いいものに囲まれてはいたけど………。
風呂から出ると、スマホがピコピコ光っていた。一瞬ドキっとしたけど、着信相手は由信だった。LINEも来ている。『あゆ君大丈夫?』と。
急に帰って驚かせた事を詫びるのと、疲れてたとの言い訳を添えてLINEで返した。今電話で話して何かボロが出たら困ると思ったから。
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