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わかり合えない二人
メガ盛り弁当は、焼肉とチキンカツとメンチカツが乗った野菜ゼロヘルシー志向ゼロなザ・男向け弁当で、久しぶりにガッツリ食ったなあと思った。
満腹で腹を伸ばしたくて両手を後ろについた時に、ビニールの袋に触れた。そうしてようやく自分で買ったおにぎりの存在を思い出す。
「これ食う?」
俺よりも随分早く食べ終わってた土佐に、袋から取り出したおにぎりを見せる。
「鮭ハラミ?俺それ好き!」
「やるよ。俺もう食えねーから」
流石に桁が違いすぎて弁当のお礼とか、代わりになんてことは言えなかったけど、土佐は「やりい」とおにぎりを受け取った。
今日のお礼も、いつか必ず………。なんか俺、最近土佐に借りばっか作ってんな。
「はい、及川の漫画」
「お、サンキュ!」
食後、土佐が持ってきてくれたのは俺が読みたかったシリーズの最新巻だ。
いつも土佐の家で漫画を読むときのスタイルでごろんと俯せになって、暫し漫画に没頭する。
メインの脳は勿論漫画を読むことに使っているけど、頭の片隅で「ご飯の後すぐ寝っ転がったら豚さんになっちゃうわよ」って声がした。声の主は由信の母親。俺は及川の家でごろんとなった事はなかったから、言われていたのは主に由信とおじさんだ。
「うっそ、また引き延ばし!?」
黒幕、分かると思ってたのに、あとちょっとの所で『次巻をお楽しみに!』となっていて、残り数ページには作者のプライベートなひとこまが面白おかしく描かれていた。
「あはは、及川ぜってーそう言うと思った。ま、俺はもう知ってるけどな」
「え、お前週刊誌でも読んでんの?」
「いや、読んでねえよ。でも、及川があんまり知りたがってるから、気になってググっちまった」
「うわー、それ俺ぜってーしねー。ネタバレこえーから、タイトルもググった事ねーよ」
「徹底してんなあ」
「お前、俺にぜってー言うなよ?次出るのいつだ?順調に行けば3ヶ月後くらい?」
「かもな。出たら、また来いよ」
「行く」
「出なくても、来いよ。まだ及川読んでねー漫画いっぱいあるぜ?」
見ろよ、と言われて寝室について行ったら、沢山の漫画本が山積みにされていた。古そうな絵柄のやつから、新しそうなものまで。そのどれも殆どが、俺の読んだ事のないものばかりだった。
「なんか、前土佐の部屋にあったのと違うくね?」
土佐の部屋にあった本は大形読破していた筈。
「おう。これ、家の物置から持ってきた。うち、家族みんな漫画好きだから、いっぱいあんだ。ねーちゃんの少女漫画も、読みたかったらあるぜ?」
それはいいと辞退して、次来たときは何読もっかなーと物色する。あ、この野球漫画おもしろそう………。
「土佐はどれ好き?」
「あー、どれだあ……。俺の中の一群は殆ど部屋に置いて来たからなあ……」
「ふーん」
パラパラといくつかの漫画を試し読みしながら思う。てか、お気に入りじゃない漫画をわざわざ実家から持ってくるなんて、変なやつ。
初めに気になってた野球漫画が、読んでみたらやっぱり面白くて、次回来たとき……って思いながらも先が気になりすぎて読み進めてしまう。
ベッドの上で2巻まで読み終えた所で壁掛けの時計を見上げると、もう19時を過ぎていた。
居心地が良すぎて時間を忘れていたけど、電話が来てないのが不思議なくらいの時間だ。
「俺、そろそろ帰る」
「何だ、バイトないならゆっくりしてけばいーのに」
「……レポートするから」
「そっか」
時間を知ったら途端に焦燥感にかられて、そそくさと帰り支度をする。
家を出る間際、帰り道わかるか?って土佐が言ってくれたのに、何も答えられなかった。
あいつの元に帰る方法は分かるのに、逃げ方が分からないんだ。
帰らなきゃいけないのに帰りたくなくて、思わず弱音を吐いてしまいそうだった。そんな甘ったれた思いとか未練を、全部振り払わないと、玄関を出る一歩が踏み出せない。
家なしになった時、引っ越す先が土佐の家ならいいのに。
土佐は何て言うかな。「金溜まるまでだぞ」って受け入れてくれるかな。それとも、「彼女連れ込めなくなるから他を当たれ」って言われるのかな。
なんとなく前者な気がして、引き返して甘えたくなる気持ちがムクムク湧いてくる。それを懸命に踏みつけて押さえ付けて、見なかった事にする。
今はとにかく、早く帰る事だけ考えよう。
行きは30分弱かかった道をダッシュして半分の時間で戻ると、定期券でいつもの駅から地下鉄に乗って、ようやく少し安堵した。
ここまで来れば、大学で調べものしてたとか言い訳できる。怒られないとは限らないけど、少なくとも土佐の家にいた事を怪しまれることはないだろう。
無事家に帰りついて、薄っぺらい扉を開けてひと息をついた、そのときだった。
スマホが鳴った。
慌てて取り出したら、表示されてるのは案の定宗ちゃんの名前。
「は、はい」
「遅くなってごめんね。今着いたよ」
電話を切って、慌てて家を出る。待たせたら、怒られるから。
今日は学会があって遅くなったと車で聞かされる。殴られてもいいやと覚悟して土佐の家に行ったけど、この偶然の幸運に感謝せずにはいられない。
「お腹すいただろ?」
宗ちゃんの家についてすぐにそう問いかけられたけど、お腹は全然全くすいてない。メガ盛りを食べたからだけど、でもそれは言えない。
「おにぎり、買ったから、あんまり……」
「おにぎり買うお金なんてあったの?」
はい、と宗ちゃんが手の平を俺に向ける。財布を見せろという意味だ。ポケットから出したそれを宗ちゃんの手に乗せる。
「レシートは?」
「捨てちゃった……」
「ちゃんと財布に入れておく様に言っただろ」
「ごめんなさい……」
「コンビニのおにぎりなんて、俺殆ど食べたことない」
美味しいの?と言う宗ちゃんに、俺は得意になって色々説明した。今日は100円セールだった事や、ちょっと値の張るものだと、具材が炭火焼きだったり、いい素材を使ってるのもあって美味しいんだって。レシートの事をそんなに怒られなかった事と、俺の価値観を尊重してくれた気がして嬉しかったから。
でも………。
「そんなのばっかり食べてるからお前はいつまで経ってもバカ舌なんだ」
宗ちゃんはそんな俺を一蹴した。俺は黙りこむ。なぜか、自分の全てを否定された気がした。
「今度高級フレンチとか、高級イタリアンの店に連れていってやるよ」
珍しく取り繕おうと思ったのか、そんな事を言われたけど、俺の心には少しも響かない。
俺は宗ちゃんとはきっと永遠に分かり会えない。
そんな分かり合えない二人が恋人っていうのは、あまりにチグハグでおかしい。おかしいのに、俺にはこの関係の壊し方が分からない。
ふと、土佐の実家の畳の匂いを思い出して懐かしくて泣きたくなった。
俺は、あんな日常がずっと続くと思ってた。続いて欲しかったのに。
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